ウイリアムソン彰子

神戸大学医学部附属病院 副看護部長(教育担当)

 2020年は東京オリンピックの開催を控え,例年にも増して祝賀ムードでの年明けとなりました。そこから,COVID-19感染症の世界的拡大を受け,3月に緊急事態宣言が発令され,私たちの生活は一変しました。街中では営業自粛のために収入が減少する人,職を失う人が続出しており,私たち医療者は時間外勤務を余儀なくされる状況となっています。私たちは医療を必要とする人が目の前にいる限り,そこから逃げ出すことはできないという使命感がある一方で,感染防護具が十分ではない環境の中で危険と隣り合わせである不安を抱えています。



 図は,私が倫理を教える時に使っている「個人を取り巻いている価値観」を考える構造図です。個人が担う役割は1つではなく複数あり,その役割ごとに責任が伴い,価値観が備わっています。ですから,個人の中でも倫理的ジレンマが発生します。「私と他者は価値観が異なる」ということを理解している人は多いですが,「私の中でも矛盾が生じる」ということを意識していない人が意外といます。

 そこで,ぜひ,今,ご自分の置かれている状況を俯瞰してみることで,自分が持っている複数の価値観の中から「私が大切にしたいこと」は何かを考えてみて下さい。



図 個人に備わっている価値観の構造



 「COVID-19が感染拡大している状況」において,図の中のA〜Gの立場に立って,自分自身の思いを書いてみましょう。以下は,その例です。



A:私
「COVID-19に感染したくない」
「感染対策が万全でなく危険な中で働きたくない」
「趣味のヨガ教室に行けなくなって,肩こりが酷い」

B:家族の中で母である私
「感染のリスクの高い職場から感染症を家に持って帰ってはいけない」
「休校で子どもが家にいるから早く帰りたい」
「学校が休みになっているが,子どもが外出をして感染症をもらってきては大変だ」

C:地域(市民,県民)住民として生活している私
「病院に勤めているということで偏見を持たれていないだろうか?」
「地域の交流の場が無くなってお付き合いが希薄になってしまっている」

D:看護師である私
「患者さんが増えるかもしれない状況を食い止めたい」
「目の前の患者さんを助けたい」

E:○○病院の職員である私,管理者である私
「公立病院の職員として貢献しなければならない」
「地域の救急医療の体制を守らなければならない」
「職員を危険な中で働かせてはならない」

F:日本人としての私
「死者を多数出している国のようにならないようにしなくてはならない」
「日本に感染症を持ち込ませてはいけない」

G:地球で暮らしている私
「感染症の拡大を抑えるための情報を発信しなければならない」
「医療体制が脆弱な国に感染拡大させては大変だ」


 上記以外にも,様々な思いを抱いている「私」がいたのではないでしょうか?誰に見せる必要もないので,書き出してみてください。どのような考えであっても,すべて本当の「私」です。その次に,以下のような質問をしてみましょう。



  • 1)今,どのような感情が「私」の中にあるでしょうか?不安の感情が大きいとしたら,それはどの「私」が抱えているものでしょうか?もし,やる気みなぎる私がいるとしたら,それはどの「私」でしょうか?
  • 2)今,「私」が最も願っているのはどのような状況になることでしょうか?その実現のために,どの「私」が行動するべきでしょうか?




「私」と向き合った先には,専門職としての発信を


 貴方がしっかりとした専門職教育を受けてきたとしたら,「看護師」としての私を捨てることはできないでいると思います。たとえ看護師として業務にあたるのは1日8時間であっても,その他の時間も看護師として生きているのではないでしょうか。しかし,仕事が終わって家族がいる家に帰ると,母や,妻,娘としての私となります。その役割を1日8〜10時間行った上で,きちんと6〜8時間程度睡眠はとれていますか?



 COVID-19の症例が増えるにつれて,この感染症の特性として「潜伏期間が長く,無症状のまま排菌している」ということが分かってきました。業務にあたった看護師が「家に帰るのが怖い」と自分で宿泊料金を負担してホテルに泊まっている,家族から「そんな危険な職場に出勤するな」や「子どもにうつしては大変だから帰ってこないで」と言われている,ということが報道されたりします。



 周囲からそう言われた「私」はどう思うのでしょうか。「私のことを心配してくれている」,「看護師という仕事を理解してくれない」,「家族のことも大切だから仕方がない」,「帰ってこないでと言われてもどこへ行けばいいんだ?」など,様々な受け止め方があるでしょう。医療者だからということが理由で,様々な差別を受けたという声がSNSに流れたりしている一方で,医療者へのエールや寄付の品も届いており,応援していただいているのも事実です。



 W. シャンデル1)は,これまでの疫病は結果として社会的格差を縮小させてきた可能性を明らかにしています。14世紀のペスト,20世紀初めのスペイン風邪によっても,人口が減り労働者が減ることによって労働賃金が上がり,地価が下がることによって社会の格差が縮小され平等化が進んだと説明しています。緊急事態宣言の後に議論となった,国民への給付金をどのように分配するべきかということや,税金や寄付金を誰にどのように分配するべきかということから,私たちの属する社会の価値観,パワーバランスが露呈することになります。



 私たちは専門職として何を発信するべきでしょうか?今はそのことを共に考え,ピンチをチャンスに変えて,力を1つに結集する時だと思っています。ぜひそれぞれの現場で見えていることを建設的な意見として届けるべき所(上司,看護協会,看護連盟,所属している学会等)へ発信していきましょう。



1)ウォルター・シャンデル「暴力と不平等の人類史—戦争・革命・崩壊・疫病」鬼澤忍、塩原通緒訳、東洋経済新報社、2019.

WILLIAMSON AKIKO:2001年、兵庫県立看護大学(現・兵庫県立大学)大学院(看護組織学専攻)修了。日本看護協会神戸研修センター継続教育や、兵庫県立大学看護学部での勤務を経て、2009年より三木市立三木市民病院教育専任課長。2012年より教育専任次長。2013年10月に北播磨総合医療センターに統合移転。2016年4月より現職。研究テーマは、組織文化、管理者の倫理、キャリア開発、アサーティブネスなど。院内教育に長年携わり、看護倫理の教育・研修経験も豊富。