社会福祉法人 キリスト教ミード社会舘
淀川区南部地域包括支援センター

センター長:石川 進


   
 ・「ひもときシート」は,援助者が認知症の人と向かい合うための教育ツールとして活用できる。
 ・指導者と援助者が「ひもときシート」を共に作り上げながら認知症の人を理解する。
 ・認知症の人の具体的な課題解決策は,「樹木図」を作成しながら考えていくとよい。

 

「ひもときシート」が持つ効力

 「ひもときシート」は,援助が困難と感じる認知症の人の事例を,まずは援助者の立場で考え,そこで出された課題を認知症の人の視点に置き換えて考えることができるツールとして開発されました。1人で使うことも可能ですが,チームで一緒に考えたり,ティーチングやコーチングによる教育的観点から活用したりできるようになっています。
 特に新人職員や,認知症の人とのかかわりに迷い,思考が絡まって自信を持てなくなった援助者などに,「ひもときシート」を使って認知症の人を取り巻く状況を探り,思考を巡らせる中で「パーソン・センタード・ケア(利用者を主体としたケア)」の意味を理解し,援助者の課題をひもといていくことに活用するとよいでしょう。当然,チームで共有するための教材としても使用できますので,認知症ケアの対応力向上や教育的ツールとして多角的に活用できます。
 「ひもときシート」は教育ツールとして活用できる側面が強くある反面,即応性が必要となるケースに対して活用することは不向きであり,また,「ひもときシート」の記載が,即「ケアプラン」になるというものではありません。あくまでも,施設などで援助者が認知症の人としっかりと向かい合うためのツールとして活用します。
 「ひもときシート」は,「パーソン・センタード・ケア」という概念を基本に作られており,援助者が課題や問題と思っていることを,援助者中心の思考から認知症の人中心の思考に転換していくのですが,この「パーソン・センタード・ケア」には「認知症の人本人の視点」という大きなポイントの裏に重要な要素が隠れています。それは,簡単に「認知症の人本人の視点」と言っても,そのためにはかなりの対人援助技術や知識,そしてそれらをより適切に働かせるための「豊かな感性」が必要になるということです。援助者が感性を磨くことで,自らの人間性を高めることができると同時に,認知症の人が豊かに暮らしていくことにもつながっていきます。
 「ひもときシート」は認知症ケアに必要な知識や技術を醸成していくと同時に,援助者の豊かな知性ある感性を育み,「想像力」と「創造力」を働かせるためのツールでもあるのです。

 

「ひもときシート」活用の流れ

 「ひもときシート」は,3つの段階のプロセスを通じて,認知症ケアにおける援助者自身の思考の転換を行います。
 「ひもときシート」の左側A欄とB欄を「評価的理解」領域と呼び,最初のステップとして,ここで援助者の今の状況を整理します。大切なのは,援助者自身が困難と感じていることを吐き出してもらったり,現状を振り返ってもらったりする中で,自分の頭の中で思っている素直な気持ちを文章にして実体化させ,整理してもらうということです。指導的立場の人にとっては,援助者の気持ちを受容する部分でもあります。
 次に,「ひもときシート」のセンター部分C欄とそれを取り囲む8つの領域,そしてD欄までを「分析的理解」領域と呼び,この部分がセカンドステップになります。この領域が教育的要素の一番多い領域と言えます。援助者が課題と考えている認知症の人の言葉や行動の意味を考え,本人の立場に立って背景や原因などを意味づけしながら,本人の「思い」に迫り,「援助者中心の視点」を「認知症の人(本人)中心の視点」に転換していく作業を行います。その過程において援助者は指導的立場の者より,大切な視点を学ぶことになります。
 そして最後のステップが「共感的理解」領域で,「分析的理解」で得られた本人の言葉や行動の意味を理解した上で思考をさらに展開させます。「ひもときシート」右側のE欄において,本人の視点に立ってアドボカシー(代弁)機能を働かせて,本人の「思い」を言語化します。そこで整理した本人の「思い」から想像力と創造力を働かせ,課題解決の糸口を考えていくのがF欄になります。
 このように,まずは援助者自身の現状の整理から始め,認知症の人(本人)の言葉,行動の意味するところを分析,検証し,その上で認知症の人の視点に立ったケアの再構築を実践していくという流れになっています。

 

「ひもときシート」の具体的な記載例

 グループホームに入居したMさんのケースをモデルに「ひもときシート」の具体的な記載例(資料1)を示しながら説明したいと思います。ここでは担当のYワーカーが記入者になっていますが,複数の職員と共に考えながら進めていっても構いません。

Mさん,71歳,女性,アルツハイマー型認知症と診断
要介護2 障がい自立度:J2
認知症自立度:ll a
服用薬:認知症改善剤,眠剤 大きな疾病なし
家族関係:独身。長年,独居生活を送る。
生活歴:長年,会社の経理を続け,独身で現在に至る。おしゃれ好きで,部屋は服で溢れている。競馬,競輪などの賭けごとや,パチンコが好きである。地域包括支援センターがかかわった時には借金を抱え,もの盗られ妄想も強く出ていた。3年ほど在宅サービスがかかわる中で,借金も返済し,もの盗られ妄想は収まったが,徘徊や火の不始末などがあり,グループホームへの入居に至った。
 グループホームでは金銭管理などはMさんの後見人が行い,本人はお金を持たないようにした。入居後2週間は落ち着いて過ごしていたが,2週間が過ぎたあたりから落ち着きがなくなり,特に夕方になると不穏状態となった。Mさんは「自分の家があるから,家に帰りたい」と訴え,さらに不穏状態は徐々に攻撃的なものに変わり「私がこつこつと貯めたお金をこの人が盗った」と,働き始めて半年目のYケアワーカーに執拗に詰め寄るようになった。Mさんは,まず部屋に戻ってたんすの中をガサゴソと探した後,必ず「盗られた」とYワーカーに訴える。Mさんの厳しい口調にほかの入居者が「やかましい」と文句を言い,ほかの入居者と口論になることもたびたび起こるようになった。

 Mさんのケースを基に,Yワーカー(援助者)と指導者が一緒になって「ひもときシート」を進めていきます。「ひもときシート」は項目数が多いので,一度にやろうとすると2時間くらいかかってしまいます。ステップごと,あるいはパーツごとに何回かに分けて実施することも可能ですので,無理のないように進めてください。

■評価的理解の領域
 まずは「評価的理解」領域のA欄とB欄ですが,A欄は「事例にあげた課題に対して,あなた自身が困っていること,負担に感じていることを具体的に書いてください」となっています。また,B欄は「あなたは本人にどんな『姿』や『状態』になってほしいですか」「そのために,当面どのようなことに取り組んでいこうと考えていますか?あるいは,取り組んでいますか」と問うています。
 先述したように,ここは主に援助者自身に自由に書き込んでもらえればよいでしょう。指導者は援助者に「素直な自分の気持ちを書いてみたらよい」と促し,援助者の思いを受容しながら確認します。後述する視点転換後のE欄,F欄と読み比べると,援助者側と本人の「思い」のズレを見て取ることができます。

■分析的理解の領域
 「分析的理解領域」では,課題の解決に向けて,多面的な事実の確認や情報を整理します。まずは「思考展開エリア」の中心にあるC欄に,A欄で記載したような状況でのMさんの言葉や行動を書き出します。そして,C欄の周囲にある8つのエリア(視点)から,MさんのC欄の状況につながる原因や背景を分析していきます。
 それでは,その8つの視点について順に見ていきましょう。
(1)病気の影響や,飲んでいる薬の副作用について考えてみましょう。
 認知症の場合は,心身へのマイナスダメージにつながる薬が出ている場合があるので注意を要します。自分が担当している利用者に,どのような病名があり,どのような薬を飲んでいるのかを把握しておく必要があります。指導者は教育的観点から,今後も注意を要する部分であることを促します。
(2)身体的痛み,便秘・不眠・空腹などの不調による影響を考えてみましょう。
 身体的な状況の確認を行います。本人が言い表すことができないこともあるので,観察力が要求されるところになります。また,看護師が現場に配置されている職場では,ケアワーカーは身体面の観察は看護師の役割と思いがちですが,何よりも常日頃から最も利用者にかかわっているケアワーカーの観察力が要求されます。ここでも指導者は現状の確認をした上で記入させますが,身体的な変化の観察もケアワーカーの大切な役割であることを促します。
(3)悲しみ・怒り・寂しさなどの精神的苦痛や性格等の心理的背景による影響を考えてみましょう。
 ここでは認知症の人本人の精神面のつらさや不安を,本人の視点で考えてもらいます。基本的に,認知症の中核症状に伴う精神面の影響を理解していないと難しいところになります。特に新人職員の場合,指導者は最初に中核症状に伴う精神的影響についてティーチングを行う必要があるでしょう。ここでは相手の「思い」に立って考えるという,想像力を駆使した感性を働かせなければならないところで,後のE欄に連続する領域でもあります。そのため,この(3)とこの後の(5)は,8つの視点の中でも最後に考える方がE欄につながりやすいでしょう。
(4)音・光・味・におい・寒暖等の五感への刺激や,苦痛を与えていそうな環境について,考えてみましょう。
 認知症の人にとって不快な音や光などが五感に与えている影響がないか,つまり本人の現状の暮らしの中で,不快感を起こさせるものがないかを考えます。光や音は特に刺激につながりますので要確認です。
(5)家族や援助者など,周囲の人の関わり方や態度による影響を考えてみましょう。
 入居施設では本人と日々最も接触するのがケアワーカーです。この周囲の人たちとの関係性の確認は,特に私たち援助者側の確認ということになります。担当ワーカー個人の問題だけではなく,施設内にいるすべての援助者を考慮するという視点を持つよう指導者は促します。前述したように,(3)とこの(5)を思考展開エリアの最後に考える方が「共感的理解領域」につながりやすいでしょう。
(6)住まい・器具・物品等の物的環境により生じる居心地の悪さや影響について考えてみましょう。
 認知症の人にとっての居住空間の居心地の悪さについて考えてみます。能力を引き出すのではなく,能力を失わせるようなことを行っていないか確認してもらいます。
(7)要望・障害程度・能力の発揮と,アクティビティ(活動)とのズレについて考えてみましょう。
 援助者側の都合ではなく,本人の意思や状況に合わせた生活やアクティビティになっているか考えます。ここは次の(8)とつながる部分でもあり,ライフスタイルやライフヒストリーからヒントがもらえると思います。
(8)生活歴・習慣・なじみのある暮らし方と,現状とのズレについて考えてみましょう。
 本人の時間の流れをたどっていきます。どのようなライフスタイル,ライフヒストリーを送ってきたのか,そこから現在の生活を考える,つまり,それらの時間軸と現状とのズレを考えていきます。しかし,いくらライフヒストリーが大切といっても,昔のMさんと最近のMさんとでは状況や状態,環境が違う場合もあります。そのあたりについても,指導者は想像が思い込みにならないよう確認することを促します。

 これら8つの視点から認知症の人本人に与える影響などを考え,見えてきた課題の背景や原因をD欄に整理します。このようにして,事実検証を基にした援助者の視点から本人の視点への転換作業のための資料集めを行ってきたということになります。

■共感的理解の領域
 E欄では,認知症の人本人の代弁者として,本人の困り事や悩み,求めていることを書き出します。本人に成り代わって口述するような形でも構いません。とにかく,ここではアドボカシー(代弁)機能をフルに働かせます。それでも援助者側の視点がぬぐえない場合もあるので,指導者は「ひもときシート」を振り返りながら,本人の視点で想像力を働かせるよう促します。
 最後にF欄において,ここまで本人の視点でひもといてきた課題を再び編み込んでいく作業に取りかかります。援助者の抱えている課題の解決ではなく,本人の課題解決に向けた具体的なケアの実践法を模索します。つまり,「本人の視点に立ったケアの再構築」を行うのです。それも,単に「こうすればいい」と言うのではなく,「いつ,どこで,誰が,どんな時間に,何をなすのか」という具合に,具体的に考えていきます。課題解決策を見つけていくために,後述する樹木図を使ってみてもよいでしょう。このF欄を考える作業は,指導者と記入者であるワーカーだけでなく,できるだけ多くの職員が参加して行うことによって,具体策がより明確になっていくでしょう。

 

ケアの「樹木図」を作成する―今,何をなすべきか

 Mさんの課題解決策を考えるF欄を考えていく上で,「樹木図」を作成してみました(資料2)。これはテーマとして「本人の望む暮らし」を設定した上で,「ひもときシート」で把握したMさんの「思い」や「言葉」からケアを考えていく方法です。
 今,目の前にある援助者の課題に直接かかわるものではありませんが,Mさんが安心して楽しく生活できることを念頭に置いてケアを考えていけば,必然的に私たちが課題と思っていたことも解決されていくでしょう。「急がば回れ」です。途中,「どうしたらいいのだろう?」という意見も出ますが,とにかくポジティブな考えを出していくよう指導します。
 また,具体的実施法まで詰めないと,考えただけで終わってしまいます。当然,本人の「思い」だけでなく,専門職として押さえておかなければならないことや,私たちの在り方も織り込まなければなりません。「今,私たちはMさんのために何をなすべきなのか」をつくり上げていくのです。

 

本当に困っているのは認知症の人本人

 このように,「ひもときシート」は認知症の人を理解するための教育的ツールとしても活用することができ,指導者は時にティーチングやコーチングを織り交ぜながらも,基本は記入する職員との協同作業でつくり上げていくことが大切であり,教育的な効果を発揮することにつながります。
 私たち援助者が困ったこと,例えば,突然怒り出す人にどう対応したらよいか分からないことがあったとします。しかし,それらは認知症の人本人の困り事ではなく,私たち援助者の困り事なのです(周囲の環境,特に援助者側が認知症の人本人の困り事を増やしているにもかかわらず)。そうして,その認知症の人は援助者側にとって「認知症の困った人」になってしまうのです。
 しかし,本当に困っているのは認知症の人本人であって,本人の困り事が,いつのまにか援助者側の困り事になり替わっているのです。したがって,私たちの困り事の解決からではなく,認知症の人本人の困り事の解決からケアの在り方を再構築しなければならないのです。それを実行することによって,私たちが困ったと思っていたことの解決にもつながるのです。
 そういったことを踏まえて,指導者は「ひもときシート」を悩める援助者の指導に活用していただきたいと思うのです。「『ひもときシート』を使って一緒に考えていこう!」という姿勢が,質の高い職員を育てる成功への鍵となるでしょう。

 

引用・参考文献
1)(C)2010認知症介護研究・研修東京センター
  「認知症ケア高度化推進事業ワーキングチーム委員会ひもときシートのポイント」

 

出典:介護人財マネジメントVol .10 N o .4 2013年9-10月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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