福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

  皆さん,こんにちは。福祉と介護研究所の梅沢です。

 2015年は,介護保険制度改正の年ということもあり,現場では慌ただしく業務に取り組んでいることと思います。近年,介護現場に業務の公性という観点から,より多くの苦情が増えているそうです。介護を行ったことを正確に記録に残すことは,専門職として当たり前のことですが,実情はそうではありません。記録が自己流,施設流になっており,「果たしてその記録で公性は担保されているの?」と不安に駆られるものも散見されます。

 本連載では,倫理的側面から改めて記録を見て,不適切な使い方を直すという試みをしてみたいと思います。記録は,職員以外にもさまざまな関係者が目にします。誰が読んでも不快感を与えず,正しい情報が伝わる介護記録を書けるように,連載6回にわたって皆さんと一緒に見ていきましょう。


不適切ワード(1)『能力(機能)がない』

記録例1 
午後からレクリエーションを行い,風船バレーを楽しむ。
5人で一組になり団体戦で競い合うことにする。
Aさんは,ボールを投げる能力がないので,そばで見学している。

記録例2
Bさんは,隣に座ったCさんから話しかけられたが,
返事をすることもなく無表情で前を向いたままだった。
最近,耳が遠くなり相手の言葉を聞き取る能力がなくなったのかもしれない。


記録の背景(場面)の補足

 介護記録やケアプランなど,さまざまな記録物で目にする利用者の「能力・機能」についての文章表現。介護保険において重要とされる自立支援は,支援者が利用者に代わってすべてのことを介護しますよ,という考え方ではありません。利用者自身の生活が先にあり,その中で「一人では行うことが難しい生活課題について,介護スタッフが支援する」ということです。したがって,支援の際には,利用者がどのような心身機能を有しているのか,正しく把握した上でかかわる必要が出てきます。

 筆者がよく見かける記録の一つに「○○さんは能力(機能)がない」という文章があります。一見すると見過ごしてしまいそうになる何げない言い回しですが,よく考えてみると,ちょっとおかしい表現ですよね。あたかもその○○さんを卑下しているかのような,誤解とも受け取られかねない書き方にも思えます。

 さて,皆さんは,このような表現は正しいと思いますか? それとも間違っていると思いますか?

 

どこが,なぜ悪いか

 介護を必要とする高齢者は,心身機能の低下に伴い生活のさまざまな場面に支障が出ています。今まで自らの力で生活を築いてきた高齢者であっても,疾病や加齢に起因する心身機能の衰えが生じることは,仕方がないことです。介護スタッフは,このような介護を必要とする利用者を専門的視点で正確にとらえ,かかわることが大切です。

 例えば,利用者をアセスメントする際に,ネガティブな側面だけから相手を見ると,その利用者の本質的な生活機能を十分に把握したとは言えません。その利用者が今どのような生活機能を持っており,どこに支障が出て自らの望む暮らしが実現できていないのか,プラスの面とマイナスの面の両方を把握する必要があるでしょう。利用者の生活機能は,「できる」「できない」というようなはっきりとした線引きは本来難しく,どの利用者(家族)が自分の生活について何をどこまで望んでいるのかによって,評価が変わってきます。また,利用者の能力(機能)は,0か100かというような両極端なものではないため,機能低下しているとは言っても,事例のような状況で突然すべてがなくなるということではないのです。もちろん「低下している」という意味で「能力(機能)がない」と書いてしまうケースもあるとは思いますが,介護記録を書く際に,言葉の使い方を間違えると大きな誤解を招きますので,十分に注意しましょう。

 ところで,この事例では能力(機能)を取り上げましたが,皆さんはこの用語の意味(概念)をご存じでしょうか。「下肢機能の低下…」や「歩行能力の維持…」など,介護用語として頻繁に使用されます。一見すると似たような言葉にも思え,深く考えずに使用してしまいますが,この用語は似て非なり,つまり大きく異なる言葉だということも押さえておきましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【能力】

1.物事を成し遂げることのできる力。「─を備える」「─を発揮する」「予知─」
2.法律上,一定の事柄について要求される人の資格。権利能力・行為能力・責任能力など。

【機能】

[名](スル)ある物が本来備えている働き。全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割。また,そうした働きをなすこと。「心臓の─」「言語の─」「正常に─する」(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
午後からレクリエーションを行い,風船バレーを楽しむ。
5人で一組になり団体戦で競い合うことにする。
Aさんもそばで他の利用者が取り組む様子を「がんばれ,がんばれ」と
応援しながら,終始笑顔で一緒に参加していた。

記録例2
Bさんは,隣に座ったCさんから話しかけられたが,
表情を変えずに黙って前を向いていた。
最近,難聴により聴力が低下しているため,Cさんの話をうまく
聞き取れずにいる様子。

介護スタッフが「Bさん,Cさんが今日は天気がいいですね,ですって」と
声かけを行った。
Bさんは,少し驚いた表情をしながら,「そうだね」と頷いていた。

 

 不適切ワードを使用した事例では,「能力(機能)がない」ことが原因でなすべき事が達成できないというような意味で記録されています。しかし,機能の一部分が低下したとしても,他の機能と補い合うことで,生活能力を高めることも不可能ではないはずです。本来,人が持ち合わせているプラスの要素にも目を向けてかかわり,それを記録に書いていきましょう。これを専門用語では“ストレングス”と言います。マイナス(しない,できない)を把握することも介護にとって重要ですが,それ以上にプラス(できること,できるかもしれないこと)を発見していきましょう。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no1 2015年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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