福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(2)『誘導する』

記録例1 
Aさんの食事介助を行う。Aさんは昼食を食べ始めて間もなくソワソワしはじめた。介護スタッフが「Aさん,どうされましたか」と尋ねると,急に席から立ち上がるので,尿意があると思いトイレ誘導を行った

記録例2
今日もBさんは入浴拒否がある。何度かお風呂に入るように声かけするが,「絶対に入らない」と言い,介護スタッフの腕を振り払う。何とか声かけを行いながら,脱衣場まで誘導することができた。他利用者が気持ち良さそうにお風呂に入っている様子を見た途端,「私も入る」と話した。


記録の背景(場面)の補足

 「誘導する」という言葉も,記録でよく見られます。介護スタッフが行った介助の内容を端的に書くと「誘導する」ということになりますが,この表現は介護記録として適切でしょうか。
 「誘導する」と表現されるのは,その多くは認知症であったり,何らかの歩行介助が必要な利用者に対して,声かけを行い目的の場所まで急いで連れていくという場面だと思われます。おそらく介護スタッフが先に立ち,目的の場所まで利用者を安全にお連れしたいという意図が伴っています。そのため「誘導する」必要が出てくるということになるのでしょう。筆者もそのような場面に直面したことが何度もありますので,介護スタッフの気持ちはよく分かります。
 さて,「誘導する」という言葉はそんなに悪い書き方なのか否か。“業務上の記録なのだから,いいんじゃないの?”など,皆さんのさまざまな声が聞こえてきそうですので,そろそろ解説をしてみましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 まず最初に,皆さんに想像していただきたいことがあります。
 皆さんがどうしても行く必要がある場所があったとします。しかし,その場所への行き方が分かりません。近くにいた人に行き方を尋ねると,目的の場所まで案内してくれることになりました。移動中,他の人から用事を頼まれたその人は,相手に「今この人を目的地まで誘導していますから,もう少しお待ちください」と,周囲の人にも聞こえるような大きな声で応じました。
 皆さんは,どのような気持ちを抱きますか?せっかく丁寧に場所を教えてくれたのですが,「誘導」という言葉の持つ意味を考えると,少々不躾な言葉に聞こえませんでしたか? その人が行った行為は,「誘導」そのもので,何ら間違えている言葉ではありませんが,聞く側にとっては,不愉快な心境を抱かせる言葉になると考えられます。

 「誘導」は,「する」側と「される」側に立場が分かれてしまい,特に「する」側の主体性によって,その行為が行われるものではないでしょうか。もう少し分かりやすく言うと,「誘導する」とは介護スタッフの優位性が感じられる言葉ということです。介護はあくまで利用者主体ですから,介護者目線の記録にならないように気を付ける必要があります。措置費制度の頃の処遇記録は,介護士(当時は寮母)の立場から書いていました。その頃の記録は「誘導」や「促す」などの表現が随分と見られました。現在も時々これらの言葉が使用された記録が見られるのは,その頃の名残なのかもしれませんね。

 

本来の意味・適切な使い方

【誘導する】

(名)スル
*人や物をある場所や状態にさそい導くこと。
 「生徒を安全な場所に─する」(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんの食事介助を行う。Aさんは昼食を食べ始めて間もなくソワソワしはじめた。介護スタッフが「Aさん,どうされましたか」と尋ねると,急に席から立ち上がるので,トイレに行きたいのだと思い,「お手洗いに行きますか」と声かけをして,トイレまでお連れした

記録例2
今日もBさんは入浴をしないと言う。何度かお風呂にお誘いするが,「絶対に入らない」とやや興奮しながら話し,介護スタッフの腕を振り払う。その後も声かけを行いながら,脱衣場までスタッフと一緒に来ることができた。他利用者が気持ち良さそうにお風呂に入っている様子を見た途端,「私も入る」と話した。

 

 介護記録は,情報の開示を求められる公文書の一つです。利用者や家族をはじめ他施設のケアマネジャーなど,さまざまな福祉関係者が閲覧する可能性があります。記録に事実を書くということは大切なことですが,一方で介護スタッフのみが使用する記録物ではないため,自分(介護スタッフ側)を中心にした文章表現ではなく,状況に応じて単刀直入な言い回しを避ける配慮も必要となります。日本語の文章は本当に難しいですが,先述の解説で想像していただいたように,皆さんが利用者の立場に立った時,「その言い方はあんまりだ!」と思うような表現は,やはり介護記録にしても「なし」ということになるでしょう。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no1 2015年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
梅沢佳裕氏のプロフィールはこちら


 

 

 

 


日総研グループ Copyright (C) 2016 nissoken. All Rights Reserved. 
お客様センターフリーダイヤル 0120-057671