福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(3)『頑固』

記録例1 
Aさんがホールにやって来て,いつもの席に腰かけようとすると,Bさんがその席に座っていた。Aさんは「そこは私の席だから,どいてくれ」とやや大きな声を張り上げた。介護スタッフも声かけを行うが,一向に譲る気配がない。AさんもBさんも頑固な性格なので,いつもトラブルになってしまう。

記録例2
送迎中にCさんが他の利用者にお菓子を配っていた。施設に到着後,介護スタッフがCさんにお菓子を配らないようご説明するも,Cさんは「私一人で食べるわけにはいかない。以前,老人クラブでも配っていた」などスタッフの説明を聞き入れず頑固な様子。


記録の背景(場面)の補足

 「頑固」という言葉は,日常的に使用されており,人の個性(パーソナリティ)や性格を表現する際に用いられています。介護現場でさまざまな利用者と接していると,正に「頑固」と呼ぶにふさわしいほどに,頑なに自身の意思を貫こうとする人に出会うことがあります。少々頑固なくらいの方が芯のある人間性あふれる人柄なようにもとらえることができそうですが,皆さんはこの言葉を記録に使用したことがあるでしょうか?
 介護スタッフの業務には,大枠の日課があり,どの時間にどのような業務を行うというような,いわゆる「すべきこと」がある程度決まっていると思います。例えば,午前は入浴介助,その後に昼食介助を行って,午後はレクリエーションや個別機能訓練など…。スタッフからすると,順調に事を運びたいという思いに駆られると思いますが,そのとおりに利用者は動いてくれない…。このシチュエーションは一つの例えですが,そんな場面で「頑固」な○○さんが出てきそうです。
 さて,この「頑固」という言葉は,記録に使用してよい,悪い,どちらだと思われますか?

 

どこが,なぜ悪いか

 先述したとおり,「頑固」は,個性や性格を表す言葉で,確かに利用者の本質的な部分はそのとおりなのだと思います。ただ,問題になるのは,やはりその表現方法です。親子や友人同士で,「この頑固者!」と言い合うのは差し支えありませんが,その対象が利用者となると状況は異なります。支援者としての立場からすると,利用者の人物や人間性について評価を下す(レッテルを貼る行為)ことはあってはなりません。
 「頑固」とは,頑なに自分の考えを通そうとするというような意味ですから,介護専門職として職業倫理上問題があり,もう少し適切な表現を用いる必要があります。

 「頑固」と書いてしまうのはなぜか考えてみましょう。施設の日課が過密で非常に多忙な中で介護業務が展開されている中,必然的に介護スタッフの心理面に,“できることならスケジュールとおりに事が運んでほしい”という感情が出てきます。そこでつい,スタッフ本位の一方向的な見方で利用者を観察してしまうのではないかと考えられます。いずれにしても「頑固」は利用者本人の人間性を揶揄しているような誤解を与えてしまいますので,他の言葉で言い換えた方が適切です。

 

本来の意味・適切な使い方

【頑固】

(名・形動)[文]ナリ
(1)他人の意見を聞こうとせず,かたくなに自分の考えや態度などを守る・こと(さま)。
 「─なおやじ」
(2)病気などが,なかなか治らない・こと(さま)。
 「─な咳(せき)」→強情(補説欄)
 [派生]─さ(名)(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんがホールにやってきて,いつもの席に腰かけようとすると,Bさんがその席に座っていた。Aさんは「そこは私の席だから,どいてくれ」とやや大きな声で話した。介護スタッフもBさんにご説明を行うが,ご理解を得ることができなかった。そこでAさんに「今日はBさんにお譲りしていただけませんか。次からスタッフがもっとしっかりと配慮しますので」とご説明し,納得していただく。

記録例2
送迎中にCさんが他の利用者にお菓子を配っていた。施設に到着後,介護スタッフがCさんにお菓子を配らないようご説明するも,Cさんは「私一人で食べるわけにはいかない。以前,老人クラブでも配っていた。ここも同じようなものでしょう」と話し,ご理解いただくことができなかった

 

 本来,介護記録は,私情を挟まずに端的に記録することになっています。利用者の様子を端的に書くというのは,例えば介護スタッフが誘っても,利用者が嫌だと言い続けるという場面では,それがその場面での様子ということになります。それらの状況から利用者にかかわるスタッフ個人が「これは頑固だ」と思ったことがそのまま介護記録に書かれると,それは私情を書いたということになるのです。つまり「頑固だ」と思うのはスタッフの個人的な感情ですから,仕方がないとしても,「頑固」と思ったそもそもの状況(やり取り)の部分だけを端的に記録するようにしましょう。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no1 2015年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
梅沢佳裕氏のプロフィールはこちら


 

 

 

 


日総研グループ Copyright (C) 2016 nissoken. All Rights Reserved. 
お客様センターフリーダイヤル 0120-057671