福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(4)『暴力』

記録例1 
Aさんと隣席の利用者Cさんが口論になった。隣席の利用者Cさんに対してAさんが袖を掴んで引っ張るなどの暴力が見られた。スタッフが慌てて介入し,その場を収めた。

記録例2
スタッフが「Bさん,そろそろ入浴しましょう」と声かけを実施するも,Bさんは顔を横に振り,席から立とうとしない。スタッフがもう一度声かけを実施すると,スタッフの手を振り払い,左腕を叩く。そして今度は手の甲を引っ掻く,つねるといった暴力を振るう。手の甲からは軽く出血してしまった。


記録の背景(場面)の補足

 デイサービスでは,その中で自身の意向をはっきりと主張する利用者も多くいます。また,2015年度介護報酬改定で新たに新設された認知症加算などにも見られるように,中重度認知症の人がデイサービスを利用する機会は今後ますます増加し,利用者同士,またスタッフとの関係においてもさまざまな課題が考えられてきます。そこで避けて通れないのが人間関係のトラブルです。
 そして,デイサービスの利用者は在宅を生活拠点として暮らしているため,「自分の生活」を実現することへの欲求が施設入所者に比して高いとも言われています。そのような背景から,例えばスタッフの一方的なケアを強いられるような場面では,受け入れられない気持ちが行動に出ることもあるようです。
 さて,こういった場面は他にもさまざまなところであり得ると思いますが,皆さんはそれをどのように記録に書いていますか? 確かに叩く,つねる,引っ掻く,噛む,押す,突き倒すなどは,すべて「暴力」と解釈されても仕方がない行為です。ただし,それはどちら側から見た状況なのかによっても変わってくるのではないでしょうか。そこにこの記録表現の大きな落とし穴があるかもしれません。

 

どこが,なぜ悪いか

 いわゆる「暴力」行為があった場合,記録でそれをどのように表現するのかは迷うところだと思います。先述のように叩く,突き倒すといった行為を他者に対して行ったとすると,それは確かに暴力として訴えられることがあると思います。しかし,その状況がどういった背景で起こったのかによって,表現方法を考える必要性があるのではないでしょうか。
 利用者と介護スタッフ(事業者)との関係性は,端的に言うと「契約によって結ばれた介護者・被介護者の関係」です。利用者は日常生活を送る上で何らかの支障を来し,そこを社会的サポートによって補うことで,利用者自身が望む生活を再び取り戻そうとしています。ですから介護スタッフは,もともと利用者と少なくても対等であり,介護スタッフ優位という関係ではありません。
 介護記録を書くというのは,利用者と介護スタッフの介護関係を形にするということですから,スタッフ目線の一方的な解釈で書くべきではありません。その記録を読んだ人が,誤解を招くような書き方や,利用者を個人的に寸評するような書き方は,介護記録を通じて本人に汚名の烙印を押してしまう危険性があります。
 介護スタッフとしては決してそんなつもりではなかったと思っていたとしても,第三者が事例のような記録を見ると,あたかも利用者が人道的に間違えた,あるいは非合法な行為を行ったと批判して(裁いて)いるかのように受け止めます。だからこそ,「暴力」という書き方は,できるだけ避けた方がよいと考えます。

 

本来の意味・適切な使い方

【暴力】

1.乱暴な力・行為。不当に使う腕力。「―を振るう」
2.合法性や正当性を欠いた物理的な強制力。(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんと隣席の利用者Cさんが口論になる。Aさんが隣席の利用者Cさんの袖を引っ張るなどの行為を確認したため,スタッフが介入し(間に入り),その場は収まる。Aさんに事情を伺うと,「Cさんがじっと自分を見ていた」と話す。Cさんからも事情を伺い,両者に誤解があったことを説明した。

記録例2
スタッフが「Bさん,そろそろ入浴しましょう」と声かけを実施するも,Bさんは顔を横に振り,席に座っている。スタッフがもう一度声かけを行うが,スタッフの手を振り払うなどしながら入浴したくない旨を訴えた。

 

 利用者の行為に「暴力」という言葉を使用すると,一方的にスタッフ側からの見た目で判断しているような文章になってしまいます。
 1つ目の事例では,AさんにもCさんにも口論になった原因があるかもしれません。どちらに原因があるとしても,介護スタッフは中立的な立ち位置で利用者を見守り,両者を擁護的に支援する責任があります。ですから,たとえCさん側に誤解を招くような原因があったとしても,介護記録の表現としては,両者とも行為をそのまま書きます。
 また2つ目の事例では,Bさんの行った行為を少し要約して(略して)書いています。スタッフの立場からすると,いわゆる「暴力」を被ったということになるので,どうしてもその部分を長々と順番にすべて書きたくなるかもしれません。しかし,介護記録とは,読み手に対して重要な情報を要約して書くことで,何を言わんとしているのかが伝わる文章になるのです。書き換え前の事例は,まるで暴力を被ったスタッフが自分に同情を引こうとしているようにさえ感じられるため,これでは何のための記録か分かりません。重要なのは「入浴したくないというBさんの意思伝達としてそのような行為があった」ということです。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no2 2015年5-6月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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