福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(5)『無視』

記録例1 
スタッフが「Aさん,おはようございます。今日もよろしくお願いします」と声をかけるも,無視している。表情硬く,緊張している様子だったので,「Aさん,どうされましたか」と声かけをする。Aさんは,全く表情を変えることもなく,ひたすら無視。スタッフは,そのまま見守ることにする。

記録例2
Bさんは都合の悪いことがあると無視する傾向があるため,他利用者とのコミュニケーションに注意を要する。隣席の利用者Cさんとの間に入り,スタッフが会話の機会をつくるように声かけを行った。


記録の背景(場面)の補足

 何らかのリアクションを求められた時に何も返事をしない場合,すぐに「無視された」と気分を害する人がいます。今,若者のコミュニケーションツールとなっているLINEでも,「既読スルー」と呼ばれる行為はタブー視されており,いじめの原因にもなっています。
 ただし,その「無視」と思われているその行為は,本当に意図的に悪意を持ってリアクションをしていないのでしょうか? 例えば私などは,「仕事の移動中にほんの少し時間がありLINEのページを開いたけれど,また次の用事があって返信は後になる…」ということがよくあります。“それを無視と言われるのは,どうなんだろう…?”と思うわけです。もしかしたら,利用者も同じような気持ちになるのではないでしょうか。
 「無視」という言葉は,使用する人にとってもされる人にとっても決して気分が良い言葉ではありません。それでは,このような返答がないという状況をどのように表現すればよいのでしょうか? また,「無視」はどうしてタブー語とされているのでしょうか? もう少し具体的に解説していくことにしましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 「無視」は,介護記録の書き方のルールからすると,「書いてはいけない言葉」です。皆さん,なぜ書いてはいけないのか分かりますか?
 介護記録は事実を書く必要があるとされています。事実とは,客観性が問われるわけですが,「無視」は本当にその利用者の本質だと思いますか?
 もしかすると,無視ではなく「気づいていないだけ」かもしれません。特に高齢者の場合は,老人性難聴であるということも考えられますし,精神疾患などによる失効・失認があるかもしれません。つまり,「無視」は事実か否かがあいまいであり,そのような言葉は使用すべきではないということになります。
 倫理的側面から述べると,「無視」は介護スタッフの一方的な解釈であり,それを介護記録に書くことで「その利用者が無視するような人物であるという負のレッテル」を貼りつける危険な行為にもなってしまう可能性が大いにあります。

 

本来の意味・適切な使い方

【無視】

[名](スル)存在価値を認めないこと。また,あるものをないがごとくみなすこと。
「人の気持ちを―する」「信号―」(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
スタッフが「Aさん,おはようございます。今日もよろしくお願いします」と声をおかけするが,返答なく黙ってうつむいたまま座っている。表情硬く,緊張しているので,Aさんの背中に手を当てながら「Aさん,大丈夫ですよ。お茶でも飲みましょうか」と声かけをする。Aさんは,表情を変えずに座っている。スタッフは,Aさんが落ち着くまで隣で手を握り見守ることにした。

記録例2
Bさんは聞き入れたくないことがあると返答されないので,他利用者との会話にトラブルが生じないよう見守りを要する。隣席の利用者Cさんとの間に入り,スタッフが会話の機会をつくるように声かけを行った。

 

 この2つの事例について,「無視」は本当に事実なのでしょうか? スタッフの声はAさんに届いていたのでしょうか。緊張しているかもしれない利用者の状況を考えれば,容易にスタッフに返事をすることができずにいるということも予見しながら介護する必要があると思います。そうすると,「無視」しているのではなく,返事ができない状況が読み取れると思います。
 「無視」と書いてしまうと,スタッフが悪意を持って利用者をとらえているように感じるため,この場面の書き方には倫理的配慮が必要です。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no2 2015年5-6月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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