福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(6)『わけが分からない/意味不明』

記録例1 
Aさんは,午後からレクリエーション活動で“しり取り・じゃんけんゲーム”に参加するが,ルールが難しいためか,わけが分からなくなりゲームを中断してしまった。

記録例2
スタッフが目を離しているすきに,Bさんが隣の利用者の昼食を手で取って食べていた。しかし,ご説明しても意味不明なことを話し続けるので,そのまま隣の利用者の配膳をBさんから遠ざけるなどの対応を行った。


記録の背景(場面)の補足

 介護施設においては,利用者が状況をとらえきれず,一見その場にそぐわない言動を見せるということが時々あると思います。その理由は利用者によってさまざまですが,記録の中では「わけが分からない」「意味不明」という表現をたまに見かけることがあります。
 状況をとらえきれないのは,どのような時に起こるのでしょうか? 例えば,個人差はありますが,高齢になると瞬時にたくさんの情報を処理することが難しくなり,一つひとつゆっくりと考えながら状況を理解するようになります。また認知症を発症すると,一つの症状として記銘力の低下,失効や失認が見られるようになります。このような状況に触れた場合に,皆さんはどのように記録を書いているでしょうか?
 おおまかにとらえると「わけが分からない」「意味不明」という表現になるのだと思いますが,利用者を言い当てた正しい書き方になっていますか? さて,この場面にもスタッフと利用者の関係性について配慮を要する重要ポイントがありますので,一緒に考えていくことにしましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 介護記録において,「わけが分からない」「意味不明」という表現は,利用者の様子を適切に説明したとは言えない不適切な書き方です。例えば,事例にあるような場面で,利用者が“十分に状況をとらえきれない”ことと,“わけが分からない”“意味不明”なことは,全く意味が異なるのです。
 “十分に状況をとらえきれない”というのは,利用者の様子を説明した文章であり,“わけが分からない”“意味不明”というのは,スタッフが利用者を観察し,そこから考えたことです。つまり,「利用者には状況をとらえる能力がないぞ!」というような利用者の自尊心を傷つける倫理性に問題がある書き方です。
 もう一度2つの記録例をよく読んでみてください。両者とも,利用者の意向がスタッフには伝わらなかっただけであって,それぞれ何か考えがあり主張しているはずです。それを一方的に解釈し,「わけが分からない」「意味不明」と書くのは,むしろスタッフが利用者の立場になって理解しようとする意識が不足しているのではないかと感じます。
 この場面の記録についても,やはり倫理的配慮が必要です。たとえ利用者の意向が十分に把握できないとしても,相手の立場に立った記録を書きましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【わけが分からない】

・意図や趣旨がまるで理解できないさま(Weblio類語辞典より)
・なぜそうなるのか,どうしてそうなったのか,といった理由や根拠が理解できずに訝るさま。
 あるいは,道理や意味が分らずに困惑するさまなどを意味する表現。 (実用日本語表現辞典より)

【意味不明】

1.人の言動などが理解可能な範疇の外にあるさま
2.物事の主旨や意図を把握するのが困難であるさま
3.非常に混乱したさま (Weblio類語辞典より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんは,午後からレクリエーション活動で“しり取り・じゃんけんゲーム”に参加し楽しむ。戸惑いの表情でゲームを中断したので,スタッフが「大丈夫ですか? 難しいゲームですね」と声かけを行いながら様子をお聞きする。Aさんが「ちょっと,難しすぎるわ」と話すので,「ゆっくり考えてからでいいですよ」と返答した。

記録例2
スタッフが見守りしているも,他に目配りしている最中に,Bさんが隣の利用者の昼食を手で持って食べている。「Aさん,隣に座ってもいいですか」と声かけを行い,Bさんとの間にスタッフが座り,Aさんの食事介助を行った。

 

 記録例1では,「わけが分からない」を「戸惑いの表情で」と表現しました。その時点では,Aさんがなぜゲームをやめたのかという真意は分かりませんでしたが,その後の言動によって,ゲームのルールがAさんには難しすぎたということが分かりました。もう一度スタッフがルールを説明し,Aさんにゆっくり考えてもらえば,このゲームを楽しむことが可能な人だと思います。決して「わけが分からない」という利用者ではありません。
 また記録例2では,「意味不明」という表現そのものを削除しました。「意味不明」ということは,この状況で書かなくてもよいことです。もし書くとすれば,「何かをスタッフに伝えようとしている」と書きます。
 介護記録には利用者の様子をありのままに書くという前提がありますが,無理に書こうとするとその行動障害の部分だけが誇張された記録となり,利用者自身の本質とは異なった誤解を与える記録になるのではないかと危惧しています。ですから,本当に必要であれば書きますが,そうではない場合はあえて書かないということも一つの方法と考えてよいでしょう。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no2 2015年5-6月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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