福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(8)『鈍い(にぶい)/とろい』

記録例1 
Aさんは早めに食事を食べはじめるが,動作が鈍いせいか,どうしても食べ終わるのが遅い。

記録例2
Bさんが余暇時間に他利用者と談笑するが,会話がとろく周囲の会話についていけていない様子。


記録の背景(場面)の補足

 「にぶい」「とろい」という言葉は,それほど多用されているわけではないと思いますが,ADLが低下し,若いスタッフのようにテキパキと動くことが困難な高齢者に対して,ついこの言葉を使用したくなる場面はありませんか? もちろん大半の方が「そんなことはない」と言うと思います。当然,記録に書くのはNGですよね。説明は必要ないとは思いますが,念のためこの「鈍い(にぶい)/とろい」という語彙の使用について考えてみることにしましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 「鈍い」という言葉は,日常的によく使用します。この言葉自体の使用は,日常会話などでは倫理的側面から考えて何ら問題のない言葉だと思われます。また「とろい」という言葉については,使用するTPOをわきまえていれば,これも会話で使用することはあります。
 それでは,なぜ介護記録への記載に問題があるのでしょうか。日本語というものは本当に難しい言語であり,使い方によって解釈される意味が大きく異なってきます。例えば,ある状態を表すために使用された「鈍い」という言葉は緩慢さを表現していますが,「鈍い人」のように人の様子や特徴を表す言葉として使用した場合は「ゆっくり動く人」という意味として理解することもできますし,「感受性が弱い」あるいは「鈍感な人」のように,少々相手を卑下した言い方に受け止られる場合もあります。考え過ぎと思われるかもしれませんが,意外と人はいろいろなとらえ方をするもので,このようなちょっとした記録の一端から誤解が生じ,施設へのクレームにつながってしまうケースも増えているのです。
 介護記録には利用者のいわゆるポジティブな情報だけではなく,一人で行うことが難しい状況や心身機能がまさに低下しかけている様子など,マイナス面の情報も記す必要があります。プラス面に比較してマイナス面はセンシティブな一面があり,やはりデリケートですので,記録の表現も十分に言葉を選んだ方がよいと思います。

 

本来の意味・適切な使い方

【鈍い】

[形][文]にぶ・し[ク]
1.刃物の切れ味が悪い。「ナイフの切れが―・い」⇔鋭い。
2.○ア 動きがのろい。動作が機敏でない。「客足が―・い」「動作の―・い動物」
  ○イ 感覚が鋭敏でない。反応が遅い。「勘が―・い」「運動神経が―・い」⇔鋭い。
3.人の感覚を刺激する力が弱い。「―・い日差し」「―・い音」「―・い痛み」⇔鋭い。
(デジタル大辞泉より)

【とろい】

[形][文]とろ・し[ク]
1.動作や頭の働きがにぶい。のろい。「―・い奴」
2.火などの勢いが弱い。「火を―・くして置いて」〈里見とん・今年竹〉(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんは早めに食事を食べはじめる。ご自身のペースで,一人でスプーンを使用しゆっくりと召し上がる12時50分,満足した表情をされ,「ごちそうさん」と話す。

記録例2
Bさんが余暇時間に他利用者と談笑するが,発語に時間を要すため,周囲の方との会話に苦慮する場面が見られた。介護スタッフが介入し,ところどころBさんの代弁を行った。

 

 記録例1は,あたかも他利用者と同じ時間内で食事を食べ終わらなければならないかのようなニュアンスになっていました。これを修正するためには,文章だけではなく,文脈も変えなければなりません。つまり,何を伝えたいのか(書くべきか)を考える必要があります。
 この事例で考えてみると,「動作か緩慢で食事時間を超過した」ということを書きたいのではなく,「時間をかけることで,自力で食事を食べることができた」ということを伝えたいわけですから,その事実を書いていけばよいのです。時間を要す方の場合は,事例のように時間も併せて記録することも大切です。これはADLが低下した場合に,時間も状態像の把握の目安になるからです。
 記録例2は「とろい」という言葉の選択自体,大きな間違いですよね。ゆっくりとした中でしか会話が難しいという利用者の様子も書きますが,そばにスタッフがいるので,スタッフは何をしたのか(見守り・声かけ・介助など)介護内容も書いておくとよいでしょう。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no3 2015年7-8月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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