福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(11)『教える/指導する』

記録例1 
Aさんが居室にて,ご自身で着替えをした際にステテコに腕を入れていたので
「Bさん,それは下の方ですよ」と教えた

記録例2
Bさんが玄関前のベンチに腰かけ,タバコを吸おうとしていた。
本数に制限があるため,昼食後まで待つように指導した


記録の背景(場面)の補足

 施設の介護記録を見せていただく機会が多い筆者が,とても気になっているワードの一つに「指導する」があります。最近は滅多に見かけなくなりましたが,まだたまにこのような記録に出くわすことがあります。また,「教える」は前後の文脈によって異なりますが,やはり「指導する」と同じような意味で読み手に解釈される言葉です。これらの言葉は,単にその意味だけの問題ではなく,利用者に相対するスタッフの姿勢もうかがい知ることができるものだと思います。
 ところで皆さんは,日常生活の中で誰かに何かを教えられたり指導を受けたりする機会があるでしょうか。子どものころは,学校に通い教師から厳しくしつけられることがあったと思います。筆者も小学1年のころだったと思いますが,授業中に我慢できずおしっこを漏らし,担任から「ちゃんと教えなさい」と指導を受けたことを覚えています。筆者は口数が少ないとても大人しい子どもでした。
 「教える」「指導する」というワードは,大人になってから耳にすると,どのような印象を受けるでしょうか? もし皆さんが,「指導される」立場だったらと考えてみてください。

 

どこが,なぜ悪いか

 先日もある研修会場で,生活相談員の方から「うちの施設の看護師の利用者に対する言葉遣いについて悩んでいます」と相談を受けました。初めに誤解のないように説明しておくと,看護師が全員そうであるというわけではありません。これは個人的な性格にもよるでしょうし,もちろん職業環境なども影響は受けているでしょう。相談の事例の看護師さんは,総合病院の内科の経験がある年配の方とか…。
 介護保険は利用者と指定事業者が契約によってサービス提供を開始する社会保険の仕組みです。指定事業者は介護者,利用者は被介護者という立場となるため,そこにはどうしても,端的に言うと“介護する”“介護される”という関係ができてしまうのでしょう。医療分野はもっとそのような関係が強くなっているような気がします。
 しかし,皆さんは本当に“介護する”“介護される”の関係が正しいと感じますか? 多くの皆さんは,それは違う,と考えるでしょう。それは利用者がサービスを受動的に利用している存在ではないからです。「教える」「指導する」は,非常に一方向的な言い方であり,かかわり方になっています。これまで成人として生活を築いてきた利用者に対して,そのような記録はふさわしくないのです。このような言葉を使用することは,場合によっては利用者の主体性や自主性を抑制し,萎縮した生活を助長してしまう可能性があります。
 あくまでも利用者とスタッフの関係は同じ目線でなければなりません。日本語というのは本当に難しいものですが,意図しないところで利用者の気持ちを傷つけてしまわないように,細心の注意を払って記録を書きましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【教える】

〔動ア下一〕〔文〕をし・ふ〔ハ下二〕
1.知識・学問・技能などを相手に身につけさせるよう導く。教育する。教授する。
 「英語を―・える」「イヌに芸を―・える」「学校では三年生を―・えている」
2.知っていることを相手に告げ知らせる。「道を―・える」「花の名所を―・える」
3.ものの道理や真実を相手に悟らせて導く。戒める。教訓を与える。
 「父の生き方に―・えられた」「今回の事件が我々に―・えるところは多い」

【指導】

〔名〕(スル)ある目的・方向に向かって教え導くこと。
「演技の―にあたる」「―を受ける」「人を―する立場」「行政―」
(デジタル大辞泉より)


書き換えてみよう

記録例1
Aさんが居室にて,ご自身で着替えをした際にステテコに腕を入れていたので
「Bさん,それは下の方ですよ」と声をおかけしました

記録例2
Bさんが玄関前のベンチに腰かけ,タバコを吸おうとしていた。
本数に制限があるため,昼食を食べてから吸っていただくように話す

 

 記録例1の文章は,「教える」の部分を「声かけ」に換語しただけです。しかし,これだけでずい分威圧的で権威的なイメージが払拭されたと思いませんか。むしろ,なぜあえて「教える・指導する」と書いてしまうのか,そのスタッフの利用者を見る視点を疑いたくなります。利用者とスタッフは極力上下関係にならず,できるだけフラットな関係であることが望ましいと思います。
 実際に問題視され,家族からのクレームになるのは,子ども扱いするような声かけだったり,威圧的な言葉遣いについてが多いのです。感情のもつれが生じるとそのように話す一部の職員だけの問題ではなく,施設の信用も地に落ちますので,十分に気をつけていただきたいと思います。
 次に,記録例2です。子どもや学生など立場の違いを明確にした上で,教育指導を行うという場合は,「○○について指導した」でよいと思います。しかし,この場面では,「指導」という言葉は非常に不適切です。
 そもそも,介護保険には利用者主体という基本理念があります。つまり,利用者自身が自らの意思に基づいて判断し,生活を送っていくことができるのです。もちろんそこに側面的に支援が必要なため,介護保険を利用しているわけですが…。ですから,もう少しやさしい言い方で書いていただきたいと思います。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no5 2015年11-12月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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