福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(13)『促す』

記録例1 
Aさんをトイレに行くように促す

記録例2
Bさんにおしぼりたたみを促す


記録の背景(場面)の補足

 介護職員は知らず知らずのうちに,利用者に対して権威的な言葉遣いをしていることがあります。皆さんは大丈夫だと思いますが,これは介護というものが,介護者と被介護者という関係性で展開されていることが原因だと考えます。
 以前の措置制度から介護保険制度に移行し,利用者が事業者と契約によって支援を自己選択できるようになって以降も,時折利用者に対して不適切ではないかと思われる声かけを行っている介護職員を見かけます。介護保険の基本理念はだいぶ定着してきたとは思いますが,時々ニュースで介護職員による高齢者虐待など,痛ましい場面の映像を見ることもあります。介護職の職業倫理について,今一度考え直す時期に来ているのではないでしょうか。
 倫理的側面から介護記録に使用するには不適切であると考えられる言葉として,今回は「促す」について取り上げてみたいと思います。この言葉は,これまでに何度も介護記録で使用されているところを目撃してきました。しかし,この言葉を書いている介護職員は,意外にもその意味を慎重にとらえていないのではないかと思うような意識が垣間見えることがありました。

 

どこが,なぜ悪いか

 介護記録に多用されている「促す」というワードですが,その使用がなぜ不適切なのか解説していきたいと思います。
 先にも述べたように,この言葉を使用している介護職員の多くは,「促す」がいかに高齢者に対して倫理的に不適切なのか,しっかりとらえていないのではないかと思います。確かにこの「促す」は,どこでも耳にすることのある決して珍しくない言葉です。また,小学校の教師が生徒に対して,「明日宿題を忘れずに提出するように促した」といった場合,決して違和感はありません。それでは,なぜ高齢者ケアにおいて「促す」という言葉を使用すると倫理的に不適切なのでしょうか?
 「促す」という言葉には,相手に対して「さっさと行うように急き立てる」というような意味があるのです。皆さんの介護事業所の利用者は,日常生活に何らかの支障があり,一人で生活することが難しいため,要支援・要介護という認定がついています。つまり,“さっさと判断し,行動できる”としたら,皆さんの支援など必要ないのです。
 介護職員は利用者の状態像に合わせてそのかかわり方を創意工夫し,自立支援に向けたサービス提供を行っています。利用者に対して「さっさと行うように急き立てる」などもってのほかです。「促す」を用いなくても,言い換え語を使用することで,介護記録の記載は十分に可能です。
 これまで「促す」という言葉を無意識に使用してきた介護職員の皆さん,ぜひこの機会に介護記録への使用を全廃しましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【促す】うなが・す (デジタル大辞泉より)

[動サ五(四)]
1.物事を早くするようにせきたてる。また,ある行為をするように仕向ける。催促する。
  「―・されてようやく席を立つ」「注意を―・す」
2.物事の進行をすみやかにさせる。促進する。
  「新陳代謝を―・す」「町の発展を―・す」
  [可能]うながせる


書き換えてみよう

記録例1
介護スタッフが「Aさん,トイレに行きましょう」と声をおかけしました。
すると,Aさんが頷きながら立ち上がるので,そのまま左脇を支え
歩行介助を行いながらトイレまで行きました。

記録例2
Bさんにおしぼりたたみをお願いすると,快く引き受け,綺麗にたたんでくださった。

 

 記録例1について解説します。改善前の事例を見てください。この例文の主語は誰だと思いますか? 利用者でしょうか,それとも介護スタッフでしょうか? 考えてみてください。答えは介護スタッフです。つまり“介護スタッフが利用者にトイレに行くように急き立てた”という意味に解釈することができます。
 何の権限があってそのようなことを…,と利用者や家族からとがめられてしまいそうです。そうならないためにも,介護スタッフが実際に行ったことと利用者が行ったことをそれぞれ分けて記載すると,両者の関係性が分かりやすく,誤解を与えない書き方に改善することができます。
 介護スタッフが実際に行ったのは「トイレにお誘いした」ということであり,利用者のとった行動は,「自身で(トイレに行こうと)立ち上がった」という動作を書くとよいと思います。両者とも自身の動作・ジェスチャーや言動などをそれぞれ分けて書くことで,「促す」という言葉を使用しなくても,その介護場面を書き表すことができます。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no6 2016年1-2月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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