福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(14)『仕方がない』

記録例1 
Aさんは何度も「トイレさぁ,行きてぇ。誰か連れて行ってけろぉ」と
訴えるので,仕方なく対応することにした。

記録例2
Bさんがナースコールを頻回に鳴らすため,
仕方がないので「ちょっと待ってね」と伝えた。


記録の背景(場面)の補足

 対人援助は,必ずしも自分の思いどおりに業務が進められるとは限りません。むしろ利用者が元気になってくると意欲が増すため,あれこれとスタッフを振り回しはじめることもあります。忙しい状況の中で,いかにして利用者に対応するかを考えるのが,介護職員の役割であると思います。

 さて,利用者が皆さんの想定し得ない意向を示したり,また動作を行ったりした場合に,臨機応変に迅速な対応ができるでしょうか? もちろんできたとしても,「仕方がないな…」と感じながら介助をしていないでしょうか?

 「仕方がない」という言葉は,そのような介護職員の心の中の様子,つまり感情を表すワードです。介護職員といえどもやはり人の子,そのような心境になることはあるでしょう。しかしそれを露骨に介護記録に書いてもよいものでしょうか?

 そのような状況下に立たされた場合に,介護記録についうっかりと書いてしまいそうな「仕方がない」について,倫理的側面から皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

 

どこが,なぜ悪いか

 忙しい中であっても,同じ仕事をするならば“仕方なく”やるのではなく,相手に不快感を与えないように接していきたいものですよね。先にも述べたように,「仕方がない」という言葉には「困る」という意味が含まれており,利用者に対して行ったケアがあたかも介護職員にとって困りごとであるかのようにとらえられることがあります。もちろん介護職員であっても,望むべき事態ではない場合に,この「仕方がない」という思いに駆られるのでしょうが,それを言葉に出したり介護記録に書いたりすることは,対人援助者として適切な行為ではありません。

 記録例1は,「仕方なく対応することにした」という文章ですが,何度もトイレに行きたいと訴える利用者に,本当はもう勘弁してくれと言わんばかりに,いやいやトイレ介助の対応を行っているという解釈ができます。また記録例2は,「仕方がないので『ちょっと待ってね』と伝えた」という文章ですが,頻回にナースコールを鳴らす利用者に対して戸惑いや苛立ちを覚えた介護職員が,他にどうすることもできずに「ちょっと待ってね」という対応を行った,と読み取ることができそうです。

 さて皆さんは,この2つの記録例を見て,どのように感じたでしょうか? 例えば利用者・家族から情報開示請求が出た場合に,胸を張って「どうぞ読んでください」と言えるでしょうか?

 もちろん,経過記録は利用者や家族に向けた記録ではないので,そこを過剰に意識する必要はありませんが,これでは不快な思いをされること間違いなし…。記録の書き方が原因で余計なクレームにならないように,注意して書きましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【仕方が無い】 (デジタル大辞泉より)

1.どうすることもできない。ほかによい方法がない。やむを得ない。「―・い。それでやるか」
2.よくない。困る。「彼は怠け者で―・いやつだ」
3.我慢ができない。たまらない。「彼女に会いたくて―・い」


書き換えてみよう

記録例1
Aさんが頻回に「トイレさぁ,行きてぇ。誰か連れて行ってけろぉ」と話す。
介護スタッフは「トイレに行ってみましょう」と声かけを行い,
トイレまで歩行介助をしながらお連れした。

記録例2
Bさんがナースコールを頻回に鳴らすので,介護スタッフが居室にお伺いし,
「どうされましたか」と声をおかけする。
状態変化を観察するも特定できず,経過を見守ることにした。

 

 記録例1では,トイレに行きたいと頻回に訴える利用者に対して,「仕方なく」対応するという表現を書くことは不適切ですので,その部分に換語を用いて主旨が変わらないように書き換えています。利用者の言動は何かというと,「トイレさぁ,行きてぇ。誰か連れて行ってけろぉ」と訴えているところです。また介護スタッフのかかわりは,利用者をトイレまで介助を行いながら連れて行ったということですから,両者それぞれのとった行動や言動を分けて整理して記録していきます。そうすると,誰がどのようなことを行ったのか理解しやすくなります。

 介護記録は,小説や日記などとは趣旨が異なり,介護専門職がその職責において実施した業務を記録として集積しておく重要な情報を書くところです。情緒的・感情的な表現はなるべく避け,端的に箇条書きで記録していきましょう。

 次に,記録例2についてです。『仕方がないので「ちょっと待ってね」』という表現は,いやいや介護をしているかのように思われてしまいますので,その部分の表現を変えていきます。前述のように,なるべく介護職員の個人的感情などは記録に書かないようにし,実際に利用者に対して行った介助や声かけ,見守りや観察から得られた情報をシンプルに記録していきます。

 この時,利用者の訴えに対して介護職員がどのような返答(レスポンス)を返したのかということが,記録を通じて分かるようになると,他の介護職員の参考にもなりますし,利用者と介護職員の会話のキャッチボールが見て取れ,コミュニケーションの状態も把握できます。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no6 2016年1-2月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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