福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(15)『〜してしまう』

記録例1 
Aさんが入浴の際に浴室内を不用意に歩き回るため,
介護スタッフが「危ないですよ」と声かけするが,
聞き入れてもらえず,床のタイルで滑って転倒してしまう

記録例2
Bさんがトイレに行きたいといすから立ち上がったため,
介護スタッフが急いでトイレまで誘導しようとしたが,
途中の廊下で切迫失禁してしまう


記録の背景(場面)の補足

 私たちは,普段心の中で感じていることを,無意識のうちについ口にすることがあります。その言葉は,利用者にとって気にならない言葉もあれば,不適切と感じる言葉もあるでしょう。

 今回は,正に介護職員の利用者に向けたネガティブな意識が言葉を突いて出てきたと思われる「〜してしまう」というワードを取り上げてみたいと思います。この言葉は,何かに意識をとらわれている瞬間に飛び出すことが多く,記録している介護職員自身には言葉から利用者に威圧感を与えているという意識はあまりないのかもしれません。

 とはいうものの,介護記録を利用者が開示請求される時以外は,記録は利用者の目に触れることはほとんどありません。しかし,記録する介護職員が常にこのような言葉を書いていくうちに,やはり潜在的な意識の中に上から見下すような意識が根ざしていくのではないかと懸念しています。この言葉がいかに利用者に対して影響のある言葉であるか,詳しくは後ほど解説しますが,皆さんはこの言葉を介護記録に使用することについて,どのように感じるでしょうか? 少々考えていただきたいと思います。

 

どこが,なぜ悪いか

 現場では,利用者が介護職員に気兼ねなく生活することができるように,利用者の心境に配慮した接し方が求められています。もともと利用者や家族は,介護を要するような心身機能の低下を体験し,気持ちが後ろ向きになっている方も多くいます。そこに,「〜してしまう」と言われた場合,相当動揺されるのではないかと思います。

 「〜してしまう」という言葉ですが,2つの意味が考えられます。そのうち,一つは倫理的側面から非常に問題のある記録のワードということができるでしょう。記録例1は「完全に転倒した」と解釈でき,記録例2は「失禁されたくはなかったが,廊下に失禁された」という解釈になるでしょうか。もしこのような解釈をすることができるなら,いかに人生の先輩である高齢者に対して失礼な言葉であるか理解できるのではないでしょうか。

 介護業務は,日常的に煩雑で多忙です。ともすれば,自分が利用者にどのようなことを話しているかさえ覚えていないということもあり得ます。そのような中で,実は利用者の気持ちを傷つけるような発言や記録を書いているかもしれないということを忘れてはいけません。

 このようなワードが最も使用されやすい利用者とは,非常に弱い立場に立たされている認知症の人や要介護3・4・5の人ではないでしょうか。また,自分の意思を自ら伝えることが難しい人ではないでしょうか。このような利用者こそ,介護職員が擁護者として寄り添い,対等な関係性で介護記録を積み重ねていく必要があると考えます。

 

本来の意味・適切な使い方

【〜してしまう】 (デジタル大辞泉より)

(補助動詞)主に動詞の連用形に接続助詞「て」を添えた語に付く。
(ア)その動作・行為が完了する,すっかりその状態になる意を表す。
  「早く食べて―・いなさい」「所帯染みて―・う」「あきれて―・う」
(イ)そのつもりでないのに,ある事態が実現する意を表す。
  「負けて―・った」「まずいところを見られて―・った」


書き換えてみよう

記録例1
Aさんが入浴の際に浴室内を歩き回っていた。
介護スタッフは「危ないですよ」と声をおかけしたが,
床のタイルで滑って転倒した。

記録例2
Bさんがトイレに行きたいと話し,いすから一人で立ち上がったため,
介護スタッフが「トイレですか」と声かけを行い,
急いでトイレまでお連れしようとしたが,途中の廊下でズボンを濡らした。

 

 改善前の記録例1は,「聞き入れてもらえず〜してしまう」とあり,自分はちゃんと声かけを行ったのに,利用者が聞いてくれなかったことが原因で転倒事故につながったのだと言わんばかりです。もちろん介護職員の心情は分かりますが,記録としては不適切な表現です。「してしまった」という部分を「〜した」と書き換えて記録すればよいと思います。

 次に記録例2です。「失禁してしまう」という文章は,特に利用者のプライバシーの点からも,また自尊心に配慮しなければならないという点からも,取り扱いに注意が必要な内容です。介護職員は専門職ですから,介護専門用語の使用についてはもちろんOKなのですが,「〜してしまう」という言葉と一体的に使用することで,とても不用意な言葉に変わってしまいます。その点を十分に踏まえた上で,失禁という専門用語を使用していただきたいと思います。

 

出典:真・介護キャリアvol12. no6 2016年1-2月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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