福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(17)『ヤバい』

記録例1 
Aさんが隣の席のBさんに話しかけるも,何も返事をしなかったため,
Aさんが「Bさんに無視された」と激しく怒り本当にヤバかった

記録例2
Cさんがレクリエーションの時間にタコ焼きを作ってくれる。
他利用者が「Cさんは,やっぱり料理人をしていたから上手ね」と話している。
介護士さんも一つどうぞとCさんが差し出すので,味見をすると本当にヤバいおいしさだった。


記録の背景(場面)の補足

 筆者は「ヤバい」という言葉を聞くと,何か失敗でもしたのかと悪い出来事をイメージしてしまいます。例えばテレビドラマを見ていると,警察が現場に急行する姿を見た犯人が,「やばい,逃げろ!」というセリフを吐きながら姿をくらませるというシーンがあります。そのような場面で使用されるこの「ヤバい」は,どう考えても犯人にとってこの先の運命が好転するとは到底思えないダークな印象を醸し出しています。

 しかし,最近の若者言葉として紹介される「ヤバい」は,筆者のようなオジサンには到底理解できないよい状況を表す言葉として用いられています。そして,次々と新しい言葉を生み出す若者とそれらの言葉を使用するメディアによって,私たちにも世代を越えてその言葉が浸透してしまうのです。世間話として若者言葉を遊び心で使用するのは問題ないと思うのですが,こと介護記録など業務上での使用との線引きまで失ってしまうとすれば,それは大きな問題となります。

 この「ヤバい」という言葉は,もちろん介護記録などではめったに使用されないと思われるかもしれませんが,筆者は何度かそのような表現で書かれている記録物に出くわしたことがあります。無意識に書かれた記録だからこそ,余計に懸念されるのです。さて,この「ヤバい」について,どこがヤバいのか一緒に考えてみましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 「ヤバい」は口述体として,広く会話の中で使用される言葉です。しかし,この言葉そのものは決して丁寧な言い回しだとは思えませんし,印象もよくありません。介護記録は公的文書ですので,さまざまな年代の関係者や利用者,そしてその家族が目を通す書類です。したがって,どの世代においても誤解が生じないような言葉を選んで書くことが望ましいでしょう。

 私たちは,文章で使用する言葉よりも会話で使用する言葉の方が馴染みやすいため,普段使用し慣れている話し言葉を記録などの文章に使うことも多くあります。話し言葉を記録に使用することが悪いというわけではありませんが,使用する語句によっては倫理的側面から不適切な場合も考えられます。

 例えば,その言葉が利用者の人格や印象を悪くし,おとしめてしまうような語句や,目上の人や敬意を表すべき相手に対して失礼だという感情を抱かせる可能性がある語句などです。「ヤバい」という言葉は,そのどちらにも当てはまる可能性がある不適切な言葉と言えるでしょう。そして,若い世代が使用する肯定的な意味は,ほかの世代にはそのように解釈できないこともありますので,介護記録には不適切な言葉ということになります。

 

本来の意味・適切な使い方

【やばい】 (大辞林 第三版より)

(形)〔「やば」の形容詞化。もと,盗人・香具師(やし)などの隠語〕
(1)身に危険が迫るさま。あぶない。「−・いぞ,逃げろ」
(2)不都合が予想される。「この成績では−・いな」
(3)若者言葉で,すごい。
 自身の心情が,ひどく揺さぶられている様子についていう。「この曲,−・いよ」
 〔若者言葉では「格好良い」を意味する肯定的な文脈から,
 「困った」を意味する否定的文脈まで,広く感動詞的に用いられる〕


書き換えてみよう

記録例1
Aさんが隣の席のBさんに話しかけるも聞こえないご様子のため,
返答がないことに「無視された」とご立腹される。
スタッフがAさんに「今,Bさんに私がお聞きしてみますね」と声かけを行う。
スタッフが「Bさん,Aさんがお話があるそうですよ」と右側からゆっくりと伝える。

記録例2
Cさんがレクリエーションの時間にタコ焼きを作ってくれる。
他利用者が「Cさんは,やっぱり料理人をしていたから上手ね」と話している。
「介護士さんも一つどうぞ」とCさんが差し出すので味見をしてみる。
スタッフは「Cさん,すごくおいしいです。作り方のコツを教えてほしいくらい…」と返答した。

 

 記録例1・2とも,エピソード型記録という記録の書き方です。「本当にヤバかった」などはスタッフの感想であって,いち職員の所感を介護記録に記載するのはあまり適切ではないのです。そこで,利用者とスタッフの行為または発言をそれぞれ書いていきます。自分と利用者であれば,少なくても2センテンス(2行)の文章が必要になるはずです。「Cさんが…をしてくれる」「スタッフは…を行った」など文章を分けて書くことで,いらない憶測を持たれることなく記録を読んでもらえるようになります。

 

出典:真・介護キャリアvol13. no1 2016年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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