福祉と介護研究所
代表:梅沢佳裕


   

不適切ワード(18)『パニクる』

記録例1 
Aさんがお風呂から上がったため,ホール担当スタッフが脱衣場まで介助に向かったところ,
Aさんが「この籠の中に入れていた腕時計がなくなった」とパニクっていた
着脱担当のスタッフが,Aさんのズボンの中から発見し,一件落着。

記録例2
Bさんが「そこに刀を差したお侍さんが立っている,怖いので何とかしてほしい」と話す。
「ほら,こっちを向いてジッと睨みつけてくる。助けてくれ」とパニクっているので,
スタッフが「分かりました,何とかしてみますので,
Bさんはお席をあちらの方に移動してください」と声かけを行った。


記録の背景(場面)の補足

 「パニクる」という言葉は,口述体として日常会話で使用されることがあります。もちろん,地域性や世代によって使用する,しないはあるとは思います。筆者は突然声をかけられた時や予期しない返答を受けた時などに,結構パニクったりします。そして,頭が真っ白になると,とっさにその場の対処法を失うことがあります。

 介護は,利用者の日常生活にかかわる仕事です。そこでは,利用者が何か予期しない事態に遭遇しアタフタとしてしまうこともあるかもしれません。そのような状況を見た時に,「パニクっている」という言葉がとっさに頭に浮かぶのだと思います。利用者の状況を表現する言葉はたくさんありますが,最も日常的に使用している言葉がパッと思いつき,それを記録に書いてしまうということなのでしょう。

 確かに「パニクる」という言葉を日常的に頻回に使用していると,むしろその言葉の方が状況を理解しやすいということもあるかもしれません。ただ,もし皆さんの家族が介護を受けている中で,その施設の記録に「パニクっていた」と書かれていたら,どう感じるでしょうか? 倫理的側面から書いてはいけない理由を述べる前に,まずはその視点から「なぜ書くべきではないのか!?」を一緒に考えてみましょう。

 

どこが,なぜ悪いか

 「パニクる」を使用した介護記録は,利用者や家族にどのような感情を抱かせることになるのでしょうか? 「パニクった」は名詞の「パニック」を日本語として動詞化した語句で,もともと正しい日本語ではありません。介護記録は,さまざまな世代の関係者が活用する公的文書です。20代の若者も読む機会があると思いますし,また80代の利用者や家族も読むかもしれません。あらゆる世代,立場を越えて,この介護記録は情報共有に向けた重要な証拠として文章を基に情報発信をしているのです。

 その重要な記録に,若者だけにしか理解できない言葉を使用してしまうと,ほかの世代には理解できない,または誤解を与える記録になってしまうのです。何が若者言葉なのかという厳密な線引きはないとは思いますが,明らかに皆さんの施設の利用者が分からないだろうと思う言葉は,使用を控えた方がよいでしょう。

 これはあくまでも筆者の個人的なイメージですが,「○○様が〜でパニクっている」という記録を読んだ時,「何か慌てているんだな」ということは分かりますが,そこにいた介護スタッフは慌てて混乱している利用者を冷静に眺めながら,少々小馬鹿にしているというか,面白がっているのではないか,と感じてしまいます。このように感じるのは筆者だけではないのではないでしょうか?

 もしそうだとすれば,やはり倫理的側面から考えて,利用者に対して人格をおとしめる(軽く見る)言葉,またはそのようなことをイメージさせてしまう言葉と言うことができますので,使用は不適切だと考えられます。前述したように介護記録は公的文書であり,日記やブログなどのようにお手軽感覚で書くべきものではないという認識を高めましょう。

 

本来の意味・適切な使い方

【パニクる】 (大辞林 第三版より)

(動ラ五)〔名詞パニックを動詞化した語〕
突発的な出来事に頭の中が混乱する。パニック状態に陥る。
「いきなりの質問にすっかり−・った」


書き換えてみよう

記録例1
Aさんがお風呂から上がったため,ホール担当スタッフが脱衣場まで介助に向かったところ,
Aさんが「この籠の中に入れていた腕時計がなくなった」と焦ったように話す。
着脱担当のスタッフが,Aさんのズボンの中から発見したので,
「Aさん,ありましたよ。よかった!」と答える。

記録例2
Bさんが「そこに刀を差したお侍さんが立っている,怖いので何とかしてほしい」と話す。
「ほら,こっちを向いてジッと睨みつけてくる。助けてくれ」と動揺しているので,
スタッフが「分かりました,何とかしてみますので,
Bさんはお席をあちらの方に移動してください」と声かけを行った。

 

 「パニクる」の部分をほかの言葉に置き換えて(換語という)書いていくことで,改善することができます。記録例1では「焦ったように」という言葉に置き換えられますし,記録例2では「動揺している」という言葉に置き換えて表現することができます。どの言葉に換語するかはその状況によって異なりますが,冷静に考えてみると,換語した文章の方が「パニクる」よりも情景がイメージしやすく,解釈しやすくなっていると思います。

 

 今回で本連載も最後となりました。介護記録は,日々の介護過程においてその先の介護方針を決めるのに非常に重要な情報となります。そしてまた,現に専門職が実践した介護について適切なケアであったことを証明するための重要書類でもあります。倫理的側面から記録の書き方について連載できたことは,介護記録の講師を務めている筆者にとっても改めてその厳正さを確認するよい機会となりました。皆様も多忙な最中での記録であり,大変骨の折れる業務だとは思いますが,その一文字一文字が明日に生かされていることを信じて頑張っていただきたいと思います。

 

参考文献
1)梅沢佳裕:そのまま使える! 介護記録の書き方&文例集,西東社,2015.

 

出典:真・介護キャリアvol13. no1 2016年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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