NPO法人丹後福祉応援団 デイサービス「生活リハビリ道場」
理学療法士:松本健史


   

高齢になるとなぜ転倒しやすくなるのか?

 私は普段,理学療法士として通所サービスや老人ホームで介護職の皆さんとチームになって仕事をしています。本連載では,今回から6回にわたって,リハビリテーション(以下,リハビリ)の知識を生かし,利用者の生活という視点でかかわれるよう,運動学・解剖学の知識について解説していきます。皆さんのケアが少しでも向上し,利用者を元気にする「生活リハビリの達人」が一人でも多く誕生することを願っています。
 第1回は,「高齢者の転倒」について考察し,通所サービスや老人ホーム,在宅などで実施しやすい生活場面でのリハビリについて考えます。

 

高齢者の転倒の要因

 高齢者の転倒は,骨折などのけがにつながり,運が悪ければ,そのまま寝たきりになってしまう大きなリスクをはらんでいます。よって,通所サービスでも,できるだけ転倒予防のメニューを提供する必要があります。転倒のリスクが高い人の特徴を理解し,早めに対応することで,低下する身体機能の維持・改善に役立てることができます。
 また,通所サービスの強みは利用者の在宅生活とリンクしていることです。例えば,送迎では利用者が自宅でどんな様子で過ごしているか(住環境,介護者などの家族状況)を知ることができます。そういった情報を基に,一人ひとりの住環境に合ったリハビリメニューを作成することを心がけましょう。また,自宅で転倒しやすい場所などを知り,可能であれば環境改善も提案し,取り組んでいけるとよいでしょう。
 高齢者が転倒しやすい要因はいくつか考えられます。今回は,多くの高齢者に見られる次の3つの要因に着目し,アプローチの方法について述べます。
身体機能的要因:筋力低下,関節可動域の低下,バランス能力の低下など
脳機能的要因:特に複数のタスクを同時に処理するといった脳機能の低下など
環境的要因:段差や傾斜,あるいは床に物が乱雑に置かれている状況

 

高齢者の転倒における身体機能的要因

◎筋力の低下

 高齢者は,加齢と共に特に下肢の筋力が低下していき,ふらつきやつまずきが顕著に現れます。そのため,下肢の筋力の維持・向上は日々の生活の中で心がけるようにしましょう。下肢の筋力を向上させるためには,自分の体重を負荷にして立ち座りの練習をすると効果的です(立ち上がり運動10回×3セット〈朝・昼・晩〉)。
 立ち上がり動作(図1)は運動学的には,「前かがみ」「足を引く」「適したいすの高さ」の3条件を整えることが大切です。いすからゆっくり立ち上がる動作とゆっくり座る動作を繰り返します。特にふらつきの強い人は,手すりなどがある場所で行いましょう。座る動作では,勢いがついて「ドシン!」と座ってしまわないように声かけをしましょう。慣れてきたらいすの高さを低くし,できるだけ手すりに頼らないようにするなど難易度を上げてみましょう。
 また,腸腰筋(図2)は,股関節を屈曲させ,歩行時に足を高く上げる役割をしています。高齢になり,この筋肉が弱くなると,歩行時につまずいてしまうのです。
 腸腰筋を鍛える運動として,座位にて膝を手で押さえて,その手の力に負けないように膝を高く上げる運動(股関節の屈曲運動10回×3セット〈朝・昼・晩〉)をするとよいでしょう(図3)。こういった運動を「抵抗運動」と呼びます。
 さらに,高齢になるにつれて,足首を曲げたり伸ばしたりすることもしにくくなります。特に足先が上がりにくいとつまずいて転倒するリスクが高まります。つまずかないようにするためには,前脛骨筋(図4)を鍛える運動を行うことが大切です。足を背屈させると下腿の前面で収縮するため,しっかり利用者にも触れて確認してもらうとよいでしょう。

運動の回数・頻度は目安です。各利用者の状態に応じて加減してください

◎関節可動域の低下

 高齢者は,下肢の筋力の低下のほかに,足の関節可動域自体が極端に狭小化している場合も少なくありません。足首は正常可動域で20°程度の背屈があるのですが,高齢者をチェックすると直角程度にしか背屈できないことが多いです(図5)。タオルやチューブなどを使用して足関節の背屈をしてもらうとよいでしょう(足関節の背屈運動10回×3セット〈朝・昼・晩〉)(図6)。
 また,高齢者は膝関節も屈曲位となり,あまり伸びないことも多いです(図7)。そうすると,姿勢が後方に倒れやすくなります。膝を伸ばす練習(膝関節の伸展10回×3セット〈朝・昼・晩〉)として,ベッドに片方の足を上げ,ゆっくりと上半身をお辞儀をするように傾ける運動をしてもらいましょう(図8)。大腿の裏側の筋肉(ハムストリングス)がストレッチされ,膝が伸びやすくなります。

◎バランス機能の低下

 筋力や関節可動域などには問題がなくても,立位でのバランス能力が低下している場合があります。バランスの悪化はいろいろな要因が考えられますが,下肢の筋力に密接に関係しているのは「中臀筋」です(図9)。特に,片足立ちの時に体が傾くのを防ぐ役割をしており,この筋肉が弱くなると歩行時のふらつきが著明になります。
 中臀筋を鍛える運動として,座位でチューブを大腿に巻いて開く運動(中臀筋のトレーニング10回×3セット〈朝・昼・晩〉)(図10)があります。
 また,「FRT(Functional Reach Test)」(図11)といって,バランス能力を測定する簡単な検査があります。FRTを定期的に測定し,バランス不良の人は25cm以上を目標にしましょう。転倒のリスクが減ると言われています。こういった検査を定期的に行うと,リハビリの成果が分かるのでお勧めです。

 

高齢者の転倒における脳機能的要因

 利用者の中に,歩行時に話しかけると必ず立ち止まりながら,受け答えをする人を見たことがありませんか? この状態は脳が情報を処理する機能が低下しているサインだと言われています。例えば,歩行動作をしながらあれこれ考えて話す,というのは脳が複数のタスクを同時に処理している状態です。若いうちはこの複数のタスクを並列的に処理できるのですが,高齢になるにつれて,この処理が難しくなってくるのです。
 前述したような話しかけると立ち止まってしまう人には,転倒を予防するための脳の機能のトレーニングとして,ゆっくりでよいので会話をしながら散歩をする(計算やしりとりでもよい)と効果的です。本人にも歩行しながら会話をするという練習を意識してもらうとよいでしょう。歩行は屋外がお勧めです。季節を感じ,景色を眺め,それを言葉にするということが脳の活性化につながります。また,屋外で日光に当たることが,ビタミンDの生成,活性化につながり,強い骨の生成につながります。
 そのほか,「ダブルタスクトレーニング」といった脳機能を高めるトレーニングもお勧めです。いすに座り,できるだけ早く足踏みをしながら,例えば野菜の名前を10個言う(都道府県名,国の名前,総理大臣の名前などでもよい),というトレーニングです(図12)。脳の情報処理能力が低下していると,物の名前を想起しようと努力すると必ず体の動きが止まってしまいます。体の動きを止めないように物を考えようとすると,名前がなかなか出てこないものです。楽しみながら行えるリハビリメニューです。レクリエーションとして,輪になり,楽しい雰囲気で行うと盛り上がります。みんなで力を合わせて10個出るまで頑張ってみるのもよいでしょう。また,足踏みによる骨への適度な刺激が,強い骨をつくるのに有効だとされています。

 

高齢者の転倒における環境的要因

 在宅での転倒を繰り返す利用者も多いため,その人の在宅環境を知り,その環境に合わせたリハビリメニューを提供することも大切です。また,住宅改修の提案なども可能であれば,チャレンジしていきましょう。
 日本は湿気が多いため,家の床を地面から上げて高くした設計で家が建てられています(図13)。そのため段差が多く存在し,その段差を越える時に転倒してしまうという事故も多く見られます。送迎によって家屋の状況を知ることが可能な通所サービスの職員が提案者となって,家族やケアマネジャー,リハビリ専門職,工務店など多職種と共に住宅改修にも取り組んでいくことも,立派なリハビリです。
 また,夜間トイレに行く時や外出から疲れて帰ってきた時などに転倒するといったこともよく耳にします。その際,床に置きっぱなしになっているものにつまずくことも多いようです。部屋の片づけも,実は有効な転倒予防対策と言えるのです。送迎時,家族に床の片付けが転倒予防になることを伝え,意識付けをしていきましょう。

参考文献
1)松本健史:通所サービス 間違いだらけの機能訓練改善授業,日総研出版,2014.
2)大田仁史監修:完全図解 介護予防リハビリ体操大全集,講談社,2010.

 

出典:通所介護&リハvol12. no3 2014年9-10月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
松本健史のプロフィールはこちら


講師の最新刊
認知症利用者・
中重度利用者
生活機能訓練
B5判 192頁
定価2,778円+税
 
 

 

 

 

 


日総研グループ Copyright (C) 2016 nissoken. All Rights Reserved. 
お客様センターフリーダイヤル 0120-057671