NPO法人丹後福祉応援団 デイサービス「生活リハビリ道場」
理学療法士:松本健史


   

運動学を駆使した動きを引き出す介助法とは?

 今回は,人の動きを観察し運動学を駆使して行う介助法について考えてみます。かかわる利用者の身体機能を知り,適切な介助をすると,利用者の残っている力が引き出されます。逆に,運動学を知らずに介助を行うと,利用者の力が発揮される機会がなくなり,残っていた力が失われてしまいます。ぜひ運動学にかなった介助法を身につけてください。

 

介護の悪循環「せーのっ,ヨイショ!」

 私はよく,介護現場で介助技術などのアドバイスを行っていますが,その際,介護職が「せーのっ,ヨイショ!」と言いながら,2人がかりで抱え上げ,利用者が宙に浮いて移されている介助を目にします。
 全身麻痺などで本当にそのような介助が必要な方なら仕方ありませんが,多くは,その方の身体機能をよく知らずに行われています。「時間が足りない」「人員が足りない」という現場の都合から,利用者の動きを待たずにこのような丸抱えする介助が行われてはいないでしょうか? このような介助を行うことで,図1に示したような「介護の悪循環」が起こります。

 

力を奪う「ジュウゼロ介護」にお別れを!

  利用者本人の身体機能を勘案せずに丸抱えで介助してしまうことを,私は「ジュウゼロ介護」と呼んでいます。これは,職員の力が「10」,利用者の力が「0」の状態を意味します。もちろん,このように介助しなければ移乗できない人もいます。全身の力がなく,意思疎通もとれない,そのような方の場合は仕方がないと思います。しかし,座る力がある,足を踏ん張る力があるという人も中にはいます。できる動作を引き出しながら介助すると,残った力が目を覚ましてきます。例えば,「0」だった力が「3」出てきたら,こちらの力は「7」ですみます。7:3介護(シチサン介護)になります。相手の力が「5」出たら5:5介護(ゴブゴブ介護)になります(図2)。このように,本人の力を大切に介助することが,重度化を防ぐことにもつながります。丸抱えの介助をしてしまうと,利用者は力を発揮できず,重度化の波は施設全体に波及するかもしれません。本人の動きが始まるのを根気強く「待つ」介護が,介護現場では大変重要になります。

 

「移乗」は1日何回行うか?

 私は介護現場で移乗方法についての質問をたくさん受けます。それだけ介護現場では「移乗」が職員の頭を悩ませているのだと思います。
 よく考えると,移乗は1日の中で最も頻回に行う動作です。移乗を1日何回行っているでしょうか。車いす生活者の普段の生活にスポットを当てて考えてみましょう。朝起きてトイレをすませ食堂に行く場合,ベッド→車いす→トイレ→車いす→食堂のいす。この「→」の回数だけ移乗を行っているのです。朝の1つの日課を行うだけで合計4回の移乗が必要になります。そう考えると,平均して1日20回以上の移乗が行われます。
 この20回の移乗を大切に介助するのか,それとも利用者の力を無視した介助をしてしまうのかで,利用者の身体機能のその後が大きく変わってしまうと思います。

 


介護に役立つ運動学

起立動作
 まずは,人が立つ起立動作に注目してみましょう。自然な立ち上がり動作の遂行には,図3に示す3つの条件を満たす必要があります。
 人の動作は重心の移動を伴って行われます。人が立ち上がる場合,いすの上にあった重心を足底に移し替えなければなりません。よって,前かがみになり,体の重心を前方に移動させます。また,足を引いていないと,重心の移動がスムーズに行えないため,立ち上がり動作の準備の段階で,足をしっかり引いておくことも大切になります。
 いすの高さにも配慮が必要です。いすが高すぎると,足が地面につきませんし,低すぎると体を持ち上げるために大きな力が必要になってしまうからです。体格に合ったいす(車いす・ベッド)を用意してください。
 次に,人の立ち上がり動作を分析してみましょう。座った状態から立ち上がりが完成するまで,頭はどのように動いているでしょうか。頭は,直線的に斜め上に向かって移動するのではなく,いったん下に向かい,その後,上方に移動します。なぜこのような動きをするのでしょうか? 前方に頭を移動することで,前述したように重心を前方の足底に移動しているのです。この前かがみの動きは,下肢筋力が高い人にはそれほど必要ではありません。強い筋力で身体を支えることができるからです。下肢筋力が低下している人ほど,この軌跡は大きくなります。それだけ重心の移動が動作を支えていることになります。ですから,高齢者の多くは立ち上がる際,前方に大きなスペースが必要になります。このことを介助者は理解していなければなりません(図4)

移乗動作
 それでは応用編として,移乗動作を考えてみましょう。
 移乗動作の頭の動きを図示しました(図5)。立ち上がり動作と同じく,頭はいったん前方に下がります。そして重心移動がなされ,立ち上がり準備ができるとお尻が浮きます。そして浮いたお尻を目標の座りたいいすの方に向け,座ることで移乗動作が完成します。

 

「イジョー」じゃなくて「イ・ジ・ヨ・ウ」

 人の自然な移乗動作を頭に入れて介助してほしいのですが,介護現場では介助者が移乗をあせって一気に行ってしまうことが多いです。利用者を抱きかかえて『せーのっ,イジョー!』という感じで…。しかし,そんなに急せいてはいけません!移乗動作は一気呵成にするものではなく,4つの動作が複合してできています。移乗動作の中には,(1)立ち上がり動作,(2)立位保持,(3)方向転換,(4)着座動作の4つが含まれています。私は,この移乗動作を「イジョー」と呼ばずに「イ・ジ・ヨ・ウ」と呼ぶことをお勧めしています(表)。アイウエオ作文というものがありますが,移乗もイ・ジ・ヨ・ウを頭文字にした運動学的動作で表すことができます。
 立ち上がり動作・立位保持・方向転換・着座動作…この4つの動作に分けてゆっくりと行うと,毎回の移乗動作がすばらしい機能訓練にもなりえます。ぜひ介助しながら,「イ・ジ・ヨ・ウ」を意識してみてください。

 

運動学的に誤った介助法と適切な介助法

 普段あなたが行っている「せーのっ,ヨイショ!」と抱き抱えている場面を考えてみましょう(写真1)。この場合,利用者の頭が直線的に上昇しており,運動学的に自然な動きではありません。頭がいったん上がって,下がる,自然な動作とは全く逆の動きになっていることがわかります(図6)。
 よって普段の介助をできるだけ運動学的にみて自然な動作に近づけるように工夫していくことが大切です。

後方介助
 立ち上がり時,下肢筋力の弱い人ほど前方に大きなスペースが必要であることは前述しました。ですから,立ち上がり時に前方に介助者が立っていること自体,間違いなのです。前かがみの動作を促し,後方から支えることで立ち上がりが可能な人がたくさんいます(写真2)。ぜひ,後方から支える介助法を実践してみてください。「こんなに力が残っていたとは!」と驚くことになるでしょう。

前方介助
 後方の支えでは不安な方には前方からの介助が必要ですが,その時でも,前方に立ちはだかるようにしてスペースを潰してしまわないように配慮しましょう。介助者は前方で低く構え,利用者に寄りかかってもらいます。こうすることで,前かがみのスペースを確保し,運動学的に望ましい立ち上がり動作を伝えることができます(写真3)。そうすることで,利用者に「このように動いてみてください」とメッセージを伝えることができます。これを私は「メッセージ介護」と呼んでいます。
 このように毎回の介助時にメッセージを伝えることで,ゼロだった本人の力が1でも2でも出てくれば,「ジュウゼロ介護」から脱却することができます。今回紹介した運動学を踏まえた介助をぜひ現場で実践してみてください。

 

引用・参考文献
 1)大田仁史,三好春樹編:新しい介護 全面改訂版,P.41,講談社,2014.
 2)松本健史:認知症介護 「その関わり方,間違いです!」,関西看護出版,2014.
 3)青山幸広:ひとり浴改革完全マニュアル―施設のお風呂を変えるプロジェクト・湯,関西看護出版,2006.

 

出典:通所介護&リハvol12. no6 2016年3-4月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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