NPO法人丹後福祉応援団 デイサービス「生活リハビリ道場」
理学療法士:松本健史


   

不穏が落ち着く排泄最優先の原則

高齢者の生活を守る3つの要素

 利用者の排泄コントロールが不良な時,介護現場では,すぐに下剤,浣腸,摘便などの医療的ケアが始まります。しかし,私たちが最初に使うべきなのは,薬(=medicine【めでしん】)ではなく,目と手と心の「目手心【めでしん】」です。介護職が利用者の生活を守るために大切にしたいこととして,筆者は「目と手と心」という3つの要素に分けて実践することをお勧めしています(図1)。介護職の目と手と心を駆使することで,利用者の生理的環境を整えていくことができます。
 介護現場で利用者の動きを見ながら,環境を整えたり,動きやすいように介助したり,精神的に支えたり…と,目と手と心は私たちの仕事に欠かせない3つの要素です。今回は,解剖・運動・生理学の知識を駆使し,排泄ケアについて考えてみましょう。

 

直腸のしくみ

 図2は,直腸に便が溜まっている様子を示しています。本来,直腸は送られてきた便を速やかに排出する器官なので,便がなく,しぼんでいるのが普通の状態です。直腸は便を貯留する器官だと勘違いしてはいけません。図2は,実は特殊な状態なのです。便が直腸に入り,内壁が押し広げられると,脳が便意を認識します(図3)。排泄ケアでは,こうして体の用意が整ったらすぐに排便する…そんな環境づくりが大切になります。
 ところが,施設やデイサービスなどでは,あたかも直腸を「便を貯留する器官」に変えてしまうかのような排泄ケアが行われてしまっているのです。

 

「したい時」を大切に〜直腸性便秘にご用心!

 さて,皆さんに質問です。「大便が出やすい時間はいつでしょうか?」こう尋ねると,「食後が出やすい」「朝が出やすい」と答える人が多いのではないでしょうか? でも,便の出やすい時間は「したい時」です! これに勝るゴールデンタイムはありません。ちょっと頭が固くなっていませんでしたか?
 介護には,「排泄最優先の原則」という言葉があります。トイレに行きたいという訴えがあったら,食事をしていても,リハビリテーションをしていても,何を差し置いてもトイレに座ることを優先するべきです。もちろん,「トイレに行きたい」と言われれば,すぐに対応しているという介護職も多いとは思いますが,業務に追われたり,おむつ主体の介護を行ったりして,すぐに対応できているとは言えないケースも多いのです。
 「ちょっと待って」と言われて,利用者は待てど暮らせどトイレに連れて行ってもらえない…。本当に「ちょっと」で済めばよいですが,介護現場の「ちょっと」は利用者にとっては永遠と思えるぐらい長いことがあります。
 便意を我慢しているうちに直腸への糞便の貯留が常態化してしまうことで,「直腸性便秘」(図2)が起こります。筆者はこれを,「ちょっと待って便秘」と呼んでいます。


 さて,この直腸性便秘には,従来,推奨されてきた水分・食物繊維の摂取,適度な運動といった対処法は効くでしょうか? 実は全く効果がないのです。これらは,大腸で便が停滞した「結腸性便秘」への対応なのです。直腸に溜まった便をすっきり出すことを習慣化しないかぎり,直腸性便秘は治らないのです。
 「便意の訴えがあれば,すぐにトイレに座る」。この「排泄最優先の原則」を実行してみてください。不適切な排泄ケアが原因で不穏になっている人,便意が分からず不快になりウロウロと徘徊していた人が一気に落ち着くはずです。

 

便意の訴えがない人への対応

 難しいのは,「トイレに行きたい」という訴えがない人の排泄ケアです。その場合も,生理学の知識が役立ちます。できるだけ毎食後にトイレに座ってもらいましょう。中でも,最も便が出やすいのは朝食後です。
 食べ物が胃に入ると,胃・結腸反射が起こり,腸が蠕動します。便が直腸に送り込まれたら,排便の準備が完了となります。朝は副交感神経が優位な状態です。これは排便しやすい体の状態なのです(図4)。便意がなく,排泄コントロールが不良な人でも,朝食後にトイレに座ることが突破口となる場合があります。
 デイサービスならば,朝の送迎後,施設に到着したらすぐトイレに座ってもらうとよいです。送迎車に揺られることが腸の刺激にもなるのか,デイサービスに到着後にしっかりと便が出て,スッキリとした気持ちで一日のスタートを切ることができます。

コラム(1) 鳥のように自由に…

 鳥類は直腸反射で排泄をしています。便が直腸に送り込まれたら,どこで何をしていようが便が出ます。飛んでいる鳥の便がところ構わず落ちてくるのはそのためです。こんな鳥のように,したいと思ったらその場で自由に排泄ができれば,直腸性の便秘の心配はありません。実は人間の赤ちゃんもこの直腸反射で排便をしています。
 しかし,それは私たちには許されません。しかるべき時にしかるべき場所で排泄しなければ,社会生活は成り立ちませんね。誰にも授業や会議でトイレを我慢した経験があると思います。しかし,健康な腸環境を保つためには,この排便反射を抑え込むことに慣れてはいけません。直腸に便が貯留した状態は,直腸の内壁をゴムのように伸ばしています。直腸も筋肉であり,あまり伸び切った状態が習慣化してしまうと,本来の収縮機能が低下します。現代人の便秘の原因に,この直腸機能低下が挙げられます。高齢者のケアももちろん必要ですが,介護者は自分の体内から発せられる「自然の呼びかけ」にしっかり耳を傾けてください。この呼びかけを無視して抑え込んでいると,便秘が常態化してしまいますよ!


コラム(2) 認知症者のBPSDの陰に排泄あり

 人にとって排泄はとてもデリケートなものです。失敗したら,隠そうとしたり,否定したりするのは当然の反応です。しかし介護現場では,その当然の反応が,カルテに“問題行動”として記載されていることが少なくありません。便を手で触る行動は「ろう便」という不潔行為として記載されます。また,衝動的にうろついていたら「徘徊行動」と記載されます。認知症者に見られる精神・行動面の症状はBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)といって暴力・徘徊・幻覚など,特に現場での対応に難渋する症状を指します。
 でも,ろう便をしていた人は排便を失敗してどうしたらよいのか分からず,便を触っていたのかもしれません。徘徊行動をとる人は便意が判然とせず「何だこの嫌な気分は!」とあてもなく施設内をウロウロしていたのかもしれません。これらの行動が本当は排泄の問題で生じているのだとしたら,安定剤や眠剤で落ち着かせようとするのは本末転倒だと思いませんか?
 最近,「落ち着きのない認知症の利用者には不安の除去のために笑顔でアイコンタクトをしてコミュニケーションをとりましょう」「背中をやさしく撫でてマッサージしましょう」などといった手法が脚光を浴びていますが,丁寧な排泄ケアをせずにそれらのことをしても無意味だと思います。今一度,高齢者の排泄ケアについて見直してみるべきです。

 

排便によい姿勢

 次に,姿勢について触れたいと思います。姿勢は,排便のしやすさと大きく関係しています。例えば,寝た姿勢で排便がしやすいでしょうか?いえ,やはり,座った姿勢の方が腹筋の力も発揮しやすくなり,排便しやすいのです。
 図5のように,直腸と肛門の角度をできるだけ直線にすることで,便を肛門に送り込む直腸の力に重力がプラスされ,便の排出がスムーズになります。よって,便器に座って前かがみの座位をとれるように環境設定をしましょう(図6)。ロダンの「考える人」は,理想の排便姿勢と言えます。
 低めのテーブルに前腕を乗せることで前かがみの姿勢が引き出せます。ファンレストテーブルは,現場でお勧めの福祉用具です。

 

排泄ケアの集大成「3つの力」

 これまで見てきたように,生理学・解剖学・運動学を駆使すれば,排泄ケアでまだまだできることがあると感じていただけたのではないでしょうか? これらの知識を活用し,排便しやすい身体づくり,姿勢づくり,環境づくりをしていきましょう。
 今回の知識は,次の3つのポイントにまとめることができます。
(1)直腸の収縮:便を排出する直腸の生理的反射の力
(2)腹圧:前かがみの座位ではいきむ腹筋の力が発揮しやすい
(3)重力:直腸肛門角が直線に近づけば,重力が排便をサポートする

 これらを活用することで利用者の弱くなった排泄の力を呼び覚ますことができるかもしれません。
ぜひ,活用してみてください。

 

引用・参考文献
 1)伊藤隆夫:在宅リハビリテーションと理学療法,理学療法科学,Vol.17,No.4,P.215 〜220,2002.
 2)三好春樹:ウンコ・シッコの介護学,雲母書房,2005.
 3)大田仁史,三好春樹編:新しい介護 全面改訂版,講談社,2014.
 4)和田行男他:大逆転の痴呆ケア,中央法規出版,2003.
 5)松本健史:認知症介護 「その関わり方,間違いです!」,関西看護出版,2014.

 

 

出典:通所介護&リハvol12. no5 2015年1-2月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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