NPO法人丹後福祉応援団 デイサービス「生活リハビリ道場」
理学療法士:松本健史


   

高齢者の姿勢不良の予防・改善

 今回は,高齢者によく見られる姿勢不良について考えてみます。姿勢が崩れてしまうことで,生活が不活発になり,身体機能が低下しているケースが多々あります。最も多い姿勢崩れの一つが「円背(猫背)」です。今回はこの「円背」の謎に迫ります。そして,運動学・解剖学の知識を駆使して,円背を予防,あるいは改善し,元気な姿勢づくりをする,そんな「生活リハビリ」を紹介します。

 

円背発生のメカニズム

 円背のメカニズムは,次の複数の要素に分類して考えることができます。
(1)体幹の筋力低下 (2)脊椎・椎間板の変性 (3)生活習慣 (4)不適切な環境設定
 加齢により,体幹伸展筋力は大きく減少すると言われています。そして,脊柱の生理的Sカーブが保てなくなり,前屈みのCカーブになり,円背が発生します(図1)。
 円背のある高齢者の多くは骨粗鬆症を呈しており,椎体・椎間板の実質が脆くなり,前方が潰れ,脊柱が弯曲していくと考えられます(図2)。
 農村部の高齢者の過半数に円背を含む姿勢異常が認められたという調査があります1)。前屈姿勢の生活習慣により,姿勢が変化すると考えられます。車いすに座る高齢者に見られる仙骨座り(すべり座)も,円背発生のリスクとなる可能性が高いです。なぜなら,仙骨座りは骨盤が後傾し,背もたれで胸・腰椎が立ち上げられ,脊柱が強く押し曲げられている状態だからです。

円背を感じてみよう!〜円背は見えない身体拘束だ!?

 円背を疑似体験してみましょう。(1)〜(3)の順に姿勢を変化させてみてください(写真1)。
(1)背中を丸め,おなかを引っ込めるようにして強い猫背をつくる。
(2)首をすくめ,肩を前に出し,左右の肩甲骨の距離が離れるようにする。
(3)顎を前下へ突き出す。

※ 円背(kyphosis)の定義
姿勢異常の一つで,横から見て背骨,特に胸椎の部分の後弯が強くなり,背中が丸くなった状態。閉経後の女性に多く,骨粗鬆症で背骨の前方がつぶれたり,背中の筋力が低下した時などに見られる。俗に「猫背」とも言われる2)

円背を疑似体験するとこんな感想が出ます。
・息苦しい
・長時間続けると頭がぼーっとしそうだ
・胃が圧迫され食欲が減退しそう
・うつむいているので視野も狭く,気が滅入りそうだ
 次に,円背姿勢のまま,両手をバンザイしてみましょう(写真2)。肩が制限され,わずかしか手が上がらないことが分かります。「こんなに手が上がらないとは…」と驚くことになるでしょう。
 身体拘束をするような施設はもうないと思いますが,もしこの円背姿勢を放っておくのであれば,高齢者は腕を縛られているのと同じ状態だと言えます。医療や介護のスタッフは,円背を放置することは「見えない拘束である」という意識を持つべきです。

 

これだけある! 円背の弊害

 円背の弊害は,次のようにまとめることができます。

(1)呼吸器への影響:円背があると横隔膜や肋骨の動きが阻害され,換気能力が低下します。円背姿勢での呼吸は,胸式呼吸が優位になることが分かっています。

(2)消化器・循環器機能への影響:内臓への強い圧迫により,「心臓を圧迫→全身の血液循環低下→脳血流量低下→意識状態の低下」「胃の圧迫→消化機能の低下→食欲の減退→低栄養状態」といったリスクが考えられます。円背があると不活発な生活へと陥りやすいと言えるでしょう。

(3)運動器への影響:先述したように,円背姿勢では肩関節の可動域に強い制限が生じます。これが活動性の低下へとつながっている高齢者も多いのです。

(4)精神心理的要因:呼吸器,循環器,消化器さらには運動器と広範囲に影響が及ぶため,不良姿勢は精神機能にまで影響を及ぼすことが指摘されています。うつむいた姿勢で長時間過ごすと,視野も狭まり,周囲への興味や関心も薄れてしまうことは容易に想像ができます。

 

円背を予防・改善する体操・環境設定

 円背は老化現象であり,ある程度避けられない姿勢変化ですが,運動療法により予防・改善ができることもあります。次に,介護現場で取り組みやすいプログラムとして日々の日課として無理なくできる体操や環境設定の方法を紹介します。介護職員が円背発生のメカニズムを理解し,環境設定や生活づくりに取り組めば,大きな効果があると思います(紹介する体操は,10回1セット,1日3セット程度が目安です。体力に合わせ加減しましょう)。

 

◆肩甲骨に着目したリハビリ体操
 両側の肩甲骨が脊柱から離れる変化を防ぐため,肩甲骨(図3)を定位置に戻す体操を行うと効果的です。

・マシントレーニング「ローイング」(写真3)
 肩甲骨の内・外転,回旋運動を促すことができます。また,両肩甲骨を脊柱に引き寄せる菱形筋群を賦活化(活力を与えること)させ,脊柱の伸展姿勢を誘導することができます。

・セラバンド体操(写真4)
 セラバンドを柱にくくりつけ,両端を引っ張ります。マシンと同じく肩甲骨を脊柱に引き寄せる菱形筋群の活動を促すことができます。

・舟こぎ体操(写真5)
 両腕を前方に伸ばし,ボートをこぐように腕を体に引き付ける体操です。肩甲骨の大きな動きと脊柱の伸展した姿勢を引き出すことができます。

◆腹式呼吸の体操
 円背で胸部優位の換気様式に変化しており,換気効率が悪いため,これに対する運動療法として横隔膜を下げ,下部肋骨を広げるような呼吸リハビリを開始しましょう。
 腹部に手を触れて,腹腔の膨らみを感じながら深呼吸を繰り返す体操をします。深くゆっくりと呼吸することを意識し,特に呼気を強く深く行うことで腹式呼吸のコツがつかみやすくなります。
呼気で全部吐ききることを意識して行ってもらいましょう。

◆ 体幹筋力の強化
 座位にて体幹を大きく動かす体操として,次の座位での体幹の屈曲・伸展運動(百人一首のポーズ)がおすすめです(写真6)。
 手をテーブル前方に限界まで伸ばし,そのあとゆっくりと定位置に戻ります。手を伸ばす先に目標を置き,「百人一首で遠くの札に手を伸ばすように」と声をかけると分かりやすいです。

◆シーティング
 老人ホームで使用している車いすの大きさが使用者に合っておらず,それが仙骨座りなどの姿勢不良を助長しているという研究3)があります。ぜひ利用者の体に合ったサイズの車いすを用意してください。
 また,「シーティング」といって,車いすやいすを調整し,姿勢を整える技術もあります。サイズの合わない車いすを使用している人はいませんか? 今一度見直しを行ってください。クッションなどで隙間を埋めたり,仙骨座りにならないように,坐骨結節部分を少し落とし込んだシートを作成したりするなどの調整方法もあります(写真7)。シーティングに関しては分かりやすい専門書が出版されていますので,興味のある人はぜひ勉強してみてください。

 

引用・参考文献
 1)安藤正明:農村部における高齢者の腰痛と姿勢,別冊整形外科,Vol.12,P.14 〜17,1987.
 2)大田仁史,三好春樹:実用介護事典,講談社,2005.
 3)木之瀬隆他:座位姿勢からみた高齢障害女性の車いす適合範囲の検討,
   東京保健科学学会誌,Vol.2,No.3,P.223 〜225,1999.
 4)高井逸史他:加齢による姿勢変化と姿勢制御,日本生理人類学会誌,Vol.6,No.2,P.11 〜16,2001.
 5)勝田治己他:老人の姿勢と体幹機能,理学療法ジャーナル,25,P.82 〜87,1991.
 6)岩原寅猪他監修:新整形外科 上巻,P.446 〜464,医学書院,1979.
 7)伊藤弥生他:円背姿勢高齢者の呼吸機能及び呼吸パターンの検討,
   理学療法科学,Vol.22,P.353 〜358,2007.
 8)日本リハビリテーション工学協会
   SIG姿勢保持編:小児から高齢者までの姿勢保持―工学的視点を臨床に活かす,P.147 〜157,医学書院,2007.
 9)中川朋美他:円背を呈する高齢者に対する運動療法の提案,理学療法学,Vol.33,P.176,2006.
 10)松本健史:生活リハビリ術―介護現場の理学療法士が提案する21の方法,ブリコラージュ,2010.

 

 

出典:通所介護&リハvol13. no1 2015年5-6月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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