NPO法人丹後福祉応援団 デイサービス「生活リハビリ道場」
理学療法士:松本健史


   

“フロフェッショナル”になろう!

 本連載も最終回となりました。これまでの知識を現場の実践にどう役立てるか,今回は入浴を題材に考えてみます。本連載の集大成と思ってお付き合いください。

 

入浴ケアは広まってきたものの…

 多くの介護施設が個別浴槽(以下,個浴)を導入しています。肩までつかる気持ちのよいお風呂に入っていただき「利用者さんに喜んでもらえた!」「元気になった!」という声を聞く一方,「個浴がうまく使えません」という施設も多いようです。この違いは何でしょうか?
 形だけ導入しても,ダメなんです。私は入浴ケアも普段のケアの積み重ねが明暗を分けていることに気がつきました。本連載で培ってきた運動学・解剖学・生理学の知識を動員すれば,きっとすてきな入浴ケアが実現できます。

 

生活動作の最難関が入浴

 入浴は生活動作の中で一番難しい動作です。なぜなら,車いすで生活している人のほとんどが,生活の中で「床にお尻がつく姿勢」をとることはないからです。一日のうちで唯一,浴槽に入っている時のみ,お尻が床につきます。しかも,浴槽はすべりやすく,浴槽からの立ち上がりや出入りはとても難しい動作となります。多くの人はそれに恐怖感を覚えます。安心して入浴してもらうためには,介助者のサポート力が問われると言えるでしょう。

 

入浴介助ができない職員の特徴

 先述したように入浴が生活動作の中で一番難しいため,改修工事でせっかく個浴を準備しても,結局「自立の人しか浴槽に入れない」という施設も多いようです。うまくいかない施設は何がいけないのでしょうか?
 私はいくつか理由があると思いました。形だけの個浴を導入しても,(1)解剖学を理解した介助,(2)運動学を理解した介助,(3)その人らしいお風呂づくり(環境設定)といった視点が抜けていると,うまくいかないのです。まさしく本連載で伝えてきたことばかりですね。そう,入浴ケアは介護の集大成と言えます。
 それでは,一つひとつ見ていきましょう。

●解剖学を理解した介助
 写真1は,普段の介助で立ち上がりを支える時の写真です。このように,ズボンのウエストを持って「ヨイショ!」と引っ張り上げるように介助するシーンをよく見かけます。この介助に慣れてしまっていると,入浴中は裸ですから「引っ張るためのズボンがない!」と介助者は困ってしまいます。困った挙句,脇を持って引っ張り上げるような介助になってしまうのです(図1)。
 立ち上がりの介助の際は,普段からできるだけズボンのウエストを引っ張るのではなく,お尻の下部あるいは側方を支える介助を心がけるとよいでしょう。この介助には解剖学の知識が必要です。お尻の下部には「坐骨結節」,側方には「大転子」(図2)という支えやすい部分があります。このポイントを知っていると,裸の人でも安定して支えることができます(写真2,3)。
 写真4は,浴槽からの立ち上がり動作を後方から大転子を支えて介助しているところです。このように支えやすい解剖学上のポイントを知っておくと,安全な介助ができます。

●運動学を理解した介助
 浴槽から立ち上がる動作は,本人の姿勢と動作の誘導が大事です。浴槽の床から立ち上がる動作が安定して行える人は,実は普段の立ち上がりでも運動学上のポイントを踏まえた立ち上がりができているのです。図3は,本連載第4回で紹介した立ち上がりの3条件です。人は立ち上がり動作を行う際,図3の3条件が必要です。
 普段の立ち上がり動作を介助する時にこの3条件を大切にすると,見違えるように立てる人がいます。ただ,入浴時は図4のようにお尻が浴槽の底についています。これは条件の「(3)適したいすの高さ」が奪われてしまった状態です。したがって,この時は残りの2つの条件をいつも以上に意識して,(1)しっかり前にかがむ,(2)しっかり足を引く,という少し大げさなくらいの姿勢づくりが大切になります。そうすると,お湯の中で助けてくれる力が現れます。さて何でしょう? そう!「浮力」です。浮力を味方にするとお尻が浮いてきて,案外簡単に立ち上がり動作が実現します。

 浴槽での立ち上がりの3条件((1)しっかり前にかがむ,(2)しっかり足を引く,(3)浮力)を利用する。
【ポイント】
 浮力が働きお尻が浮く。後方から支えて臀部を前方に押す(引き上げるように介助しない。腰を痛めます)。
 また,普段から身体機能の評価ができていると,お風呂に入る時にどんな介助が必要か,どんな環境設定が必要かと準備ができます。「入浴時の身体機能」をチェックし,どういった介助法が適切かを考えていくと,安心,安全な入浴介助ができるでしょう()。

 

その人らしい入浴を実現する!
“フロフェッショナル”になろう!

 「認知症があって入浴を拒否される。入ってもらえない」という相談を受けることがあります。その場合,「どう誘導するか?」だけに知恵を絞るのではなく,本人や家族の話などから,本人が今までどのような仕事をして,どんな時間帯に,どんなお風呂に入ってきたか(湯温,時間帯,手順〈身体を洗ってから入るのか,先に浴槽につかるのか,風呂上がりのビールは?〉など)…そんな視点を持つことをお勧めしています。ぜひ,その人らしい,リラックスした入浴とは何かを考えてみてください。
 入浴はプライベートな時間です。十人十色の入浴を考えて用意していくことが,「こんな風呂ならまた入ろう!」という気持ちの変化につながっていくものです(記憶障害があっても,「いい気持ちだった」「嫌な気持ちだった」という“感触”は残っています。私たちは利用者とその感触を積み重ねることができるのです)。
 その人らしいお風呂が用意でき,また入りたくなる…そんな入浴ケアができる人を私は“フロフェッショナル”と呼んでいます。ぜひ,介護現場の“フロフェッショナル”を目指してください。

  * * *
 本連載では,「生活リハビリに生かす解剖・生理・運動学の知識」と題して,全6回にわたりいくつもの知識について紹介してきました。

第1回 「高齢者の転倒」を防ぐ解剖学・運動学の知識
第2回 拘縮の悪化を予防する運動学・解剖学の知識
第3回 不穏が落ち着く「排泄最優先の原則」
第4回 介護がうまくなる運動学
第5回 高齢者の姿勢不良の改善・予防
第6回 フロフェッショナルになろう!

 読んでくれた皆さん,ありがとうございました!

 

引用・参考文献
 1)高口光子:リーダーのためのケア技術論,関西看護出版,2005.
 2)竹内孝仁:医療は「生活」に出会えるか,医歯薬出版,1995.
 3)青山幸広:一人浴改革完全マニュアル―施設のお風呂を変えるプロジェクト・湯,関西看護出版,2006.

 

 

出典:通所介護&リハvol13. no2 2015年7-8月号 ※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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