東京電機大学 工学部・未来科学部
非常勤講師(介護福祉論・生活支援工学)
介護福祉士/社会福祉士/介護支援専門員

石橋亮一


   

利用者・家族からの声

 「Aヘルパーさんは,年齢的にも目上の利用者に,『はい。じゃあ,おむつを交換するからさ』と…。『タメ口』っていうのでしょうか,ずいぶんとなれなれしい言葉を使うのですね。親しみを込めているつもりかもしれませんが,極めて失礼ではないでしょうか。家族として,横で聞いていても不快で,腹が立ってきますよ」
 「いつもお世話になっているBヘルパーさんのことですが,訪問するたびに,『利用者の○○さんはいつも嫁の愚痴ばっかり言っている』『△△ヘルパーは最近離婚したみたい』など,ほかの利用者さんやホームヘルパーさんの悪口やプライバシーを,平気で口にします。ということは,自分たちのことも,ほかの利用者のお宅などで話しているということですよね。とても不安で不愉快です」
 「先日,そちらのホームヘルパーさん2人が,近くのコンビニでタバコを吸っていました。それ自体が悪いと言うつもりはないんです。ただ,着ている制服から事業者名が分かるわけで,見る人によっては,『勤務時間中にサボっている』と思うのではないでしょうか。それに,横を通った時に,『◇◇さん,最近怒りっぽいよねぇ』など,利用者と思われる名前を出して会話していたのには驚きました。個人情報の保護が叫ばれる時代に,いかがなものかと思います」
 これらは,ある訪問介護事業所に寄せられた,倫理的なことにかかわる利用者・家族からのコメントです。利用者・家族の顧客満足度を下げる,このようなマイナスの出来事とその積み重ねが,ホームヘルパーとその上司であるサービス提供責任者,管理者,そして訪問介護事業所の評価を下げると共に,介護業界全体の低評価にも結びついていきます。
 訪問介護事業者(所),管理者,サービス提供責任者,ホームヘルパーにおいて,利用者・家族から一定の評価を得て,必要なサービスを継続的に利用していただき,その対価としての料金を頂戴し,その売り上げから給料をもらい,働く者として生計を立てていくために,ホームヘルパーの上司であるサービス提供責任者が細心の注意を払い,責任者自らが倫理的に適切な態度で利用者・家族に接すると共に,適宜,ホームヘルパーを指導していく必要があります。

 

ホームヘルパーを指導する視点

 事業所に従事しているホームヘルパーは,もともとの性格や生活歴,職歴,教育歴など,それまで歩んできた道が一人ひとり異なります。したがって,倫理的な問題が発生した場合に,どのように注意し指導・助言していくかは,そのホームヘルパーや状況によって変わるでしょう。ここでは,問題が発生したホームヘルパーに対して,どのような視点で指導するか整理してみたいと思います。

◎「人間」として

 倫理とは,「法令以前に守らなければならないこと」です。私たちが出会う利用者・家族の多くは,人生の先輩である高齢者です。すなわち,私たちよりも長く生きておられ,戦争や高度経済成長の荒波をかいくぐってこられた方も多くいらっしゃいます。たとえ介護が必要となっても,自分よりも長く生きてこられた方に対して敬意を表することは,倫理的にも人間としてごく当たり前,自然なことではないでしょうか。
 敬意の表し方としては,あいさつを大切にし,上から目線とならないように目線の高さを合わせて,例えば「下着を交換させてください。よろしいですか」と,「です・ます口調」「伺い口調」をベースとして,プライバシー(個人の私生活,私事について,他から干渉されない権利)を侵さず,穏やかに対応していきたいものです。皆さんの部下のホームヘルパーは,この「人間として」という根幹的な視点で,響いてくれる感性を持っているでしょうか。

◎「仕事」として

介護サービスに従事している者が全員,聖人君子というわけではありません。感情の起伏もあれば善悪も備えています。その中で,仕事として出会う利用者・家族という「お客様」に対して,満足・納得のいくサービスを提供していくためには,自身の感情などをコントロールしながら,利用者・家族に対して,常に意図的にかかわることを心がけていかなければなりません。お金を頂戴しているその時間は,お支払いいただいている利用者・家族が不安なく,心地よい良質なサービスを提供するための演技・演出,パフォーマンスと割り切って従事することも必要でしょう。
 それに当たっては,「共感的理解」が大切です。「自分がお金を支払い,介護される利用者・家族の立場だったら,こんなことをされたら・言われたら嫌だな」と思うことを意図的に,しない・言わないことです。
 また,対人サービスという点で,例えば自分がレストランで,店員からタメ口で声をかけられたり,店員同士で客の悪口を言う光景を目の当たりにしたりすれば,決してよい気持ちにはならないと思います。それを反面教師に,同じ対人サービスである自身の介護の仕事においても,意図的にしないようにする・言わないようにする。この「仕事として」という視点は,介護以外の仕事を経験していないホームヘルパーもいる中で,「会社や上司の指示に従い,必要なことは上司に報告・連絡・相談」など,当たり前の仕事のルールと合わせて,ホームヘルパーに伝え,理解してもらわなければならないポイントだと言えます。
 一方,介護が必要な高齢者などの生活を支援する介護サービスにおいては,サービスを提供する者の日ごろの生活における素行が,良くも悪くも反映されてしまう傾向があります。本当にこの業界で食べていきたいのであれば,私生活における普段の行いでも気をつけていきたいものです。

◎「税金・保険料の補助下のサービス業」として

 皆さんが従事している介護サービスは,その大半あるいはすべてを,法令(法律と命令)による,税金・保険料の補助下のサービスとして提供していると思います。それは,給料の大半あるいはすべてを,税金・保険料から頂戴していることにほかなりません。そのメインは,高齢者を含む40歳以上の者が,介護が必要となった際に利用する介護サービスの料金を,市町村が税金・保険料で9割あるいは8割補助する介護保険制度です。介護保険制度は,介護保険法(資料1)と指定基準(資料2)などからなっています。指定基準とは,税金・保険料の補助を受けて提供するサービス提供事業者(所)において守らなければならない,行政が提示しているサービス提供にかかる命令です。その中に,倫理的な規定も明記されています。
 これらのような規定に違反した行為は,利用者・家族から苦情という形でサービスのトータルコーディネーターであるケアマネジャーや介護保険制度の運営責任者である市町村,訪問介護事業所を管轄する都道府県(夜間対応型訪問介護などは市町村),苦情処理機関である国民健康保険団体連合会が知ることになります。そして,都道府県等による査察(監査等)が事業所に入り,業務改善命令と共に,営業停止命令や新規利用者受け入れ停止命令,税金・保険料からの売り上げ返還命令など,ホームヘルパーやサービス提供責任者などの給料・ボーナスに直結するペナルティーにつながることもあります。
 給料の大半あるいはすべてを税金・保険料からいただいている立場であることを認識し,法令遵守(法律や命令に沿った良質なサービス提供)という視点でも従事していかなければならないことを,ホームヘルパーにも肝に銘じてもらってください。

 

現場の取り組みから

 上記を受けて,ここではサービス提供責任者の皆さんから現場の取り組みをうかがいましたので紹介します。

【サービス提供責任者Kさん
法令遵守が倫理的な問題の解消につながる
 倫理的な問題の解消には,やはり法令遵守が大事と考えています。介護保険法や指定基準で義務づけられている,利用者の尊厳(人間が生きている存在として,その生命や生活が,尊く厳かで,侵してはならない価値のあるもの)の保持や自立(生活の支援を受けていようといなくても,自らの生活を,自己選択,自己決定,自己責任の原則で管理していること)の支援などに加え,介護保険制度下の訪問介護として「できること」(資料3),生活援助において「できないこと」(資料4),非医療行為にかかる規定(資料5)など,サービス提供責任者としてもしっかり頭に入れ,ケアマネジャーとも申し合わせ,利用者・家族にも説明・同意をいただくと共に,ホームヘルパーに対しても周知徹底を図り続けることは大事です。

 

【サービス提供責任者Nさん】
モニタリング,アンケート,チェックシート
 私の事業所では,モニタリングの際に,サービスに対する満足度調査の一環として,「サービス提供責任者やホームヘルパーの態度や言葉遣いなど,何かお気づきの点があればお聞かせくださいませんか」と,利用者・家族にうかがっています。また,利用者・家族も,面と向かっては言いにくいでしょうから,アンケートを郵送し,自由に記述していただくようにしています。さらに,ホームヘルパーに対しては,チェックシートで自己点検を行ってもらっています(資料6)。このような継続的・連続的な取り組みにより,サービス提供責任者自身としても業務を振り返りながらホームヘルパーの意識づけを行うことは,とても重要だと思います。
 今後は,第三者評価も受けたいと管理者と話しています。税金の補助が受けられるチャンスもありそうなので,最寄りの自治体に問い合わせています。社内研修に外部講師を招くなど,事業所内の職員間で日ごろから確認し合っていることも,時々外の人に言ってもらうと,サービス提供責任者もホームヘルパーも胸を打たれ我に返り,効果的です。

【サービス提供責任者Bさん
「倫理綱領」などを振り返る
 倫理的なことは常に意識して気をつけていかないと,私たちも人間ですから,ちょっとでも油断したり魔がさすと,問題を起こしてしまうと思うんです。そこで,業界の団体が示している「倫理綱領」(資料7〜9)を事業所に掲げ,ホームヘルパーにも渡しています。ホームヘルパーの研修の時には唱和しています。

【サービス提供責任者Dさん
事業者(所)の問題として考える
 ホームヘルパーの倫理的な問題に関して,利用者・家族からの苦情が入った場合は,サービス提供責任者として,管理者ともども,まずは陳謝する共に,該当するホームヘルパーと事業所の個室で話し合います。その際,利用者・家族からの内容を伝えると共に,その一方でホームヘルパーにも言い分があると思いますので,ホームヘルパーの話も聞き,受け止めます。そして,これまでのホームヘルパーの仕事ぶりや力量,経験,人柄などを踏まえて,前述の「人間として」「仕事として」「税金・保険料の補助下のサービス業として」の中で,ホームヘルパーが一番納得できそうな視点で指導しています。
 その後も,そのホームヘルパーの動向には目を配りフォローしていきますが,「今回起こった出来事は,ホームヘルパー個人の問題で終わらせず,事業者(所)の問題として考える」ようにしています。そのホームヘルパーだけを責めていては,ホームヘルパー自身も身の置き場がなくなり,仕事を続けることができません。「事業者(所)がそのような問題を発生させたと考え,事業者(所)として今後どのように対応していけばよいか」という観点で動きます。事業所の会議などでも,該当するホームヘルパーを名指しすることなく,今回起こった問題を協議し,再発防止策を検討します。そして,利用者・家族にも,サービス提供責任者から,その後の取り組みについて説明するようにしています。

 

おわりに

 倫理的な事柄は,事業者(所)として,途絶えることなく繰り返し,何度でも根気強く伝達・指導していかなければならないことと言えます。少しでも気を許せば,たちまち問題は再発します。サービス提供責任者において,まずは自身が適切な態度を示し,その上でホームヘルパーに対して,研修や会議,事業所での個別指導,現場での同行訪問などにより,継続的に伝え続けていきましょう。

《ココがポイント》
 ◎問題が発生したホームヘルパーに対しては,「人間」として,「仕事」として,
  「税金・保険料の補助下のサービス業」としての視点で指導していくことが大切です。
 ◎利用者との倫理的な問題を解消するためには,法令遵守が非常に重要です。
 ◎倫理的な問題は少しでも気を許せばたちまち再発するため,途絶えることなく
  繰り返し伝達・指導していかなければなりません。

 

 

引用・参考文献
1)指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準,平成11年3月31日,厚生省令第37号
2)厚生省老人保健福祉局老人福祉計画課長通知,訪問介護におけるサービス行為ごとの区分等について,
  平成12年3月17日老計第10号
3)厚生省老人保健福祉局振興課長通知,平成12年11月16日老振第76号
4)厚生労働省医政局長通知,平成17年7月26日医政発第0726005号

 

出典:訪問介護サービスvol.13 no1 2015年1-2月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
石橋亮一氏のプロフィールはこちら


 

 

 

 


日総研グループ Copyright (C) 2016 nissoken. All Rights Reserved. 
お客様センターフリーダイヤル 0120-057671