名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

サ責の仕事とコーチング〜ホームヘルパーへのアプローチ

 コーチングという言葉を聞いたことがありますか? 「ビジネスコーチング」「子育てコーチング」など,最近はいろいろなコーチングがあるようです。介護現場とコーチング,一見つながらないように思える関係ですが,相手のやる気や能力を引き出すコーチングというテクニックは,介護業界の人材育成に活用できるものです。
 私は,「サービス提供責任者(以下,サ責),がホームヘルパー(以下,ヘルパー)たちを指導する時,どんな知識や技術が必要なのか」を研究しています。その中で,サ責はコミュニケーション術を駆使しながらホームヘルパーに指導・助言をしているのにもかかわらず,コミュニケーション技術が重要であることについてあまり認識されていないという結果が出ています。そのため,サ責はもっとコミュニケーション技術を高める必要があり,その一つとしてコーチングというテクニックを活用する方法があると考えるようになりました。
 今回はコーチングのプロではない私がコーチングをお伝えするという,一見無謀な連載です。しかし,現場でコーチングを使ってみて,その成果を肌で感じている私だからこそお伝えできることを,職場の先輩・後輩の会話形式で分かりやすくお伝えしたいと思います。


◎ヘルパーの人材育成はサ責の仕事?!

サ責 奥井主任! 今日はヘルパーさんからの電話ラッシュで大変でした!
主任 そう,大変だったわね。そんなにたくさん電話があったの?
サ責 聞いてくださいよ! 山崎ヘルパーさんからは掃除機のごみパックがいっぱいでごみを吸わない,どうしようって。尾藤ヘルパーさんからは訪問中に水道工事があって調理ができない,困ったって。野澤ヘルパーさんからは…。
主任 そう,本当に大変だったのね。
サ責 みんながどうしようって聞いてくるんです。少しは自分で考えてって言いたいですよ!
主任 今まではどういう対応をしていたの?
サ責 どうしよう,って言われたら「こういう風にしてね」って指示するしかないじゃないですか…。
主任 そうなの? ヘルパーさん自身がどうすればいいかって何か考えてるんじゃない?
サ責 でもヘルパーさんたち,すぐ「どうすればいいの?」って聞いてくるし。ヘルパーさんには失礼な話だけど,考えているようには思えないんです。
主任 本当にそうなのかな…。
サ責 それに,ヘルパーさんとゆっくり話す時間なんてないですよ。今日だって急に林ヘルパーさんが風邪をひいちゃって代行訪問があったんです。それに「鈴木ヘルパーさんが買い物で違うものを勝手に買ってきた」なんていうクレームが利用者さんからあって,謝りに行ってきたんです。その上,事務所に帰ってきたら新規ケースの担当して,って言われるし。
主任 そう,忙しかったのね。
サ責 そうなんです。もう,私,利用者さんのサービス調整で手いっぱいで,ヘルパーさんとかかわる時間なんてありませんよ。
主任 えーっ? 聞き捨てならない言葉ねえ。ヘルパーさんとかかわる時間がないなんて。
サ責 だって,私の仕事は利用者さんの在宅生活を支えるためにサービスを提供することじゃないですか?
主任 あらら。サ責は利用者さんのことだけ考える仕事なのかな…。中島さん,ちょっと難しい話だけど,厚生省令37号第24条(資料1)と第28条(資料2)って知ってる?
サ責 そんな難しい法律のことなんて知りません。何ですか? それ。
主任 まあ,そんなに構えないで。まず,厚生省令37号「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」第24条を読んでみてくれる?
サ責の仕事は,利用者さんの生活をよくアセスメントして,訪問介護計画を立てること,利用者さんやサービスの状況をモニタリングすること,って書いてあるの。

 

資料1●厚生省令37号「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」第24条

(訪問介護計画の作成)
第二十四条
サービス提供責任者(第五条第二項に規定するサービス提供責任者をいう。以下この条及び第二十八条において同じ。)は,利用者の日常生活全般の状況及び希望を踏まえて,指定訪問介護の目標,当該目標を達成するための具体的なサービスの内容等を記載した訪問介護計画を作成しなければならない。
2 訪問介護計画は,既に居宅サービス計画が作成されている場合は,
  当該計画の内容に沿って作成しなければならない。
3 サービス提供責任者は,訪問介護計画の作成に当たっては,
  その内容について利用者又はその家族に対して説明し,利用者の同意を得なければならない。
4 サービス提供責任者は,訪問介護計画を作成した際には,
  当該訪問介護計画を利用者に交付しなければならない。
5 サービス提供責任者は,訪問介護計画の作成後,当該訪問介護計画の実施状況の把握を行い,
  必要に応じて当該訪問介護計画の変更を行うものとする。
6 第一項から第四項までの規定は,前項に規定する訪問介護計画の変更について準用する。

 

資料2●厚生省令37号「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」第28条

(管理者及びサービス提供責任者の責務)
第二十八条
指定訪問介護事業所の管理者は,当該指定訪問介護事業所の従業者及び業務の管理を,一元的に行わなければならない。
2 指定訪問介護事業所の管理者は,当該指定訪問介護事業所の従業者にこの章の規定を
  遵守させるため必要な指揮命令を行うものとする。
3 サービス提供責任者は,第二十四条に規定する業務のほか,
  次の各号に掲げる業務を行うものとする。
 一 指定訪問介護の利用の申込みに係る調整をすること。
 二 利用者の状態の変化やサービスに関する意向を定期的に把握すること。
 三 サービス担当者会議への出席等により,居宅介護支援事業者等と連携を図ること。
 四 訪問介護員等(サービス提供責任者を除く。以下この条において同じ。)に対し,具体的な
   援助目標及び援助内容を指示するとともに,利用者の状況についての情報を伝達すること。
 五 訪問介護員等の業務の実施状況を把握すること。
 六 訪問介護員等の能力や希望を踏まえた業務管理を実施すること。
 七 訪問介護員等に対する研修,技術指導等を実施すること。
 八 その他サービス内容の管理について必要な業務を実施すること。

(下線は筆者による)

 

サ責 本当ですね…。初めて知りました。サ責の仕事が省令にあるなんて…。だから訪問介護計画はしっかり作りなさいってよく言われるんですね。でも,これは利用者さんに対する仕事ですよねえ。
主任 まあまあ,そんなに慌てないで。じゃあ次に,厚生省令37号「指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準」28条第3項七を読んでみて。
サ責 訪問介護員等に対する研修,技術指導等を実施すること,って,これは…。
主任 ねっ,私たちサ責はヘルパーさんたちの人材育成をすることも仕事ってことなのよ。
サ責 そうなんですね…。私,とにかく利用者さんの在宅生活を支えるために,と思って利用者さんのことばかり考えていました…。
主任 そう,それは間違っていないわ。でもサ責だけじゃ何ともならないでしょ。実際サービス提供をするのはヘルパーさんたち。ヘルパーさんの質がアップすれば,おのずとサービスの質もアップする,と考えることができるんじゃないかな。ヘルパーさんたちも自己努力はしているけれど,ヘルパーさんたちのリーダー役であるサ責が「こんなことを学んでほしい」と思って教えたり,時には一緒に学んだりすることも大切。
サ責 ほんと,そうですよね! 身体介護の研修をする,マナーアップの研修をする…ヘルパーさんに知ってほしい研修をどんどん企画する必要があるってことですね。でも…今まで結構いろいろな研修をしたのに,「どうしよう」っていう電話が減らないのはなぜなんですか?
主任 研修は一般的な知識を得ることができる人材育成の一つの方法よね。
でも,利用者さんのお宅で入浴介助をする時,マニュアルどおりにはいかないよね。
サ責 そうですよね。お風呂場だってそのお宅ごとに違いますし,
ADLも違うから介助の仕方もいろいろです。
主任 そういう時はどうしているの?
サ責 そうですね…。基本的な介助方法は守りながらも,いろいろ工夫したり,福祉用具が使えないか考えたり。事前にどういう介助がよいか考えますね。
主任 アレンジしたり工夫したりするってことは,自分で考える力が必要ってこと。
ところで中島さん,コーチングって知ってる?
サ責 コーチング…ですか?
主任 本当はヘルパーさんたちも,利用者さんについていろいろ考えているとは思うの。ヘルパーさん自身はそれに気がついていないってことはあるかもしれないけど。コーチングはそういった「相手のやる気や能力を引き出すコミュニケーションのテクニック」なのよ。
サ責 相手のやる気や能力を引き出すテクニック…。
主任 うまく使えるようになれば,ヘルパーさんがどんなことを考えているかを聞けるようになる。そして,後々にはヘルパーさん自身が「私もできるんだ」っていう自信と自分で考える力がついて,「どうしよう電話」が少し減るかもしれないね。
サ責 自分で考える力…。
主任 そうなの。よく,自分の思っていたことを誰かに話すと「私こんなこと考えてたんだな」とか「頭の整理ができた」って思うことあるでしょ。それを意図的に聞き出していくことなの。
サ責 そうなんですか。すごい! それ,すぐに教えてくださいよ!
主任 でもね,コーチングって奥が深いわよ。
分かりやすく話していくつもりだけど,付き合ってくれる?
サ責 もちろんです! ヘルパーさんの質も,私自身の質もアップして,
利用者さんによいサービスができれば言うことありません!
主任 すごい意気込みね! じゃあ,少し付き合って。

 

◎コーチングって何?

主任 コーチングの語源って知ってる?
サ責 コーチングって野球のコーチとか,サッカーのコーチとか,
スポーツを教える先生みたいなイメージですけど…。
主任 一般的に使われるようになったのは1880年代スポーツの世界でなんだけど,語源はちょっと違うの。もともとは四輪馬車を作ったハンガリーの「コウチ」っていう場所が語源なのよ。
サ責 へえ,コーチは馬車に関係があるんですか?
主任 大事な人を望むところまで送り届けるっていうこと。
サ責 深い意味があるんですねえ。
主任 サ責がコーチングを使って,「ヘルパーさんたちを『私もできるんだ』っていう自信を持って活躍できるようになるところまで送り届ける」ことができると素敵よね。
サ責 ほんとですね。かっこいい! 語源は分かりました。じゃあ,送り届けるための「相手のやる気や能力を引き出すテクニック」ってどういうテクニックなんですか?
主任 そうそう,ここからが本題ね。コーチングには「3大スキル」があるの。
それは「傾聴」と「承認」と「質問」(図1)。

 

 

サ責 「傾聴」と「承認」と「質問」ですか。傾聴って私たち,いつも利用者さんやヘルパーさんたちの話を聞いてますよね。もう傾聴してるってことじゃないですか?
主任 そうね。確かにコーチングの一部として「傾聴」はしているかもしれないわね。でも,ただ話を聞くだけではないのよ。いろいろなテクニックがあってね,それを使って話を聞くと効果があるの。
サ責 テクニックですか…。それに「承認」って確か「マズローの欲求」(図2)とかいうので聞いたことがあります。
主任 そうそう。簡単に言うと,承認っていうのは相手に認められたいって気持ちね。
サ責 「質問」っていうのは相手の考えていることを聞くってことですか。
主任 うーん,対人援助職の私たちは「傾聴」や「承認」をできているって思いがちだけれど,「傾聴」も「承認」も相手と信頼関係を結ぶための大事な行為だと思うのよね。信頼関係がないとなかなか自分の思うことは言えないんじゃない?
サ責 そうですよね。私は奥井主任を信頼しているから「こんなこと聞いたらいけないんじゃないか」なんてことも聞けるし,意見も言うことができます。
主任 ありがとう。私も中島さんが素敵なサ責になれるって信じてるからコーチングについて話をするのよ。
サ責 私と奥井主任は信頼関係ができてるってことですね!
主任 そうね。こういう信頼関係があれば「質問」のテクニックも使うことができるけれど,
そうでないと逆効果になることもあるの。私も失敗したわ。
サ責 深いんですね。何だか難しそうだけど,わくわくしてきました!
主任 そう,「そんなに難しいならやめます」って言われなくてよかった! まずは傾聴から話していくね。サ責って傾聴はお得意だと思うかもしれないけど,さてどうかな?

 



まとめ

 今回は,サ責が登録ヘルパーの人材育成を行うことは職務であることと,コーチングの大まかな説明をしました。サ責の仕事は大きく分けて2つあります。1つは利用者に対するもの,もう1つはヘルパーに対するものです。2人の会話にもありましたが,目の前にある問題から解決していこうとすると,対利用者への仕事が優先してしまいます。経験の浅いサ責は目先のことに振り回され,サ責の仕事は対利用者のことが中心であると考えてしまうかもしれません。
 しかし,「急がば回れ」と考えることは大切です。ヘルパーへの人材育成をしっかり行えばヘルパーの質が向上します。ヘルパーの質が向上すれば,サ責が細かく指示することが減ります。そうすれば,その時間を別の業務に使うことができます。このように循環していけば,利用者への仕事を大切にしつつ,登録ヘルパーの育成もバランスよく行えるようになると考えています。

 


参考文献
 1)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,日本看護協会出版会,2007.
 2)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会ミドルマネジャー研修資料,2014.
 3)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.





 

出典:訪問介護サービスvol.12 no6 2015年9-10月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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