名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

コーチングの3大テクニック(2) 承認

 前回は,「傾聴」についてお伝えしました。「聞く」のではなく「聴く」ことができているか,振り返ることはできたでしょうか。今回は,「傾聴」と共に相手との信頼関係を築くため大切な「承認」のテクニックを詳しくお伝えしたいと思います。
 今回も職場の先輩,後輩の会話形式で,分かりやすくお伝えしていきます。


◎存在承認とは

サ責 奥井主任に教えてもらって,最近「聴く」ことを心がけてみたら,
ヘルパーさんたちがいろいろ声をかけてくれたんです!
主任 そう,どんなこと?
サ責 岸田さんが「話をよく聴いてくれたからすっきりした」って。中條さんは「忙しくても手を止めて話を聞いてくれてうれしい」って。前からきちんと聴いていたつもりだったんですけど,違ったんですね…。
主任 難しいけど,聴いてくれているかどうかは受け手が決めることだからね。
サ責 そうですね。少し傾聴を気にするだけで印象が変わるなら,ますますコーチングを習いたくなりました! 今回はどんなテクニックですか。
主任 今回は,「承認」というテクニックよ。
サ責 最初に話をしていただいた時に出てきたマズローの欲求段階説(図)にありましたね。
主任 そう。まず「承認」ってどういうことだと思う?
サ責 「承認」ですか…。読んで字のごとく,認めてもらうことですか?
主任 そうね。認めてもらうことっていうと,すごく重大なことを認めてもらう印象よね。
でも,コーチングの「承認」は「あなたがいることをきちんと分かっていますよ,認めていますよ」という「存在」を承認することなの。
サ責 存在を承認する?
主任 例えば…,赤ちゃん返りって知ってる?
サ責 知ってます! うちの長男も次男が産まれた時,わがままを言ったりちょっとしたことで泣いたりで大変でした。
主任 じゃあ,長男クンはどうしてそんなにわがままを言ったのかな?
サ責 そうですねえ。次男に手がかかってしまって,長男に手をかけてやれなかったからですよね。
主任 そう,小さい子どもでも何とかしてお母さんに「こっち向いて!」って自分を認めてほしい合図を送るのよ。たとえ叱られると分かっていてもね。
サ責 長男も小さいながらに考えてたんだ。愛おしい息子!
主任 中島さん,もし何か小さなミスをしたとして,細かなことを指摘したり注意したりする先輩と,何も言わず話題にも出さない先輩,どっちがいい?
サ責 うーん…あまり細かく言われるのも嫌ですけれど,まったく何も言ってくれない先輩だと寂しいなあ。
主任 そうよね,どんなことでも反応があった方がいいと思うの。無視されるってつらいわよね。人は,自分の存在を認めてもらえると安心するんだって。それがのちのち信頼関係を築くの。
サ責 そうか。うちの息子も私に存在を認めてほしかったんですね。
主任 そうよ。子どもも大人も承認は必要なのね。

◎承認はどうやってするの?

サ責 承認してもらうことが大事ということは分かりました。
でも,具体的にどんなことが承認になるんですか?
主任 簡単なことだと,あいさつをするとか名前を呼ぶとか,「ありがとう」と声をかけるとか…。
サ責 えっ? そんなことですか?
主任 そんなことなのよ。朝出勤した時に「おはようございます」って誰に言ってる?
サ責 事務所にいる人ですけど。
主任 何となく習慣で言ってる感じ?
サ責 うーん,そうなのかもしれません。それに,朝から苦手なお客様宅へ訪問しなきゃいけないと「おはよう」も言わなかったりして…。
主任 あいさつはね,相手に言うものなのよ。それが相手を認める「承認」になるの。
さらにできれば「中島さん,おはよう」って名前を呼んであいさつできるといいのよ。
サ責 例えばヘルパーの片山さんが事務所に来たら,「お疲れ様〜」って言うより,
「片山さん,お疲れ様〜」っていう方がいいんですね。
主任 片山さんは「私に言ってくれてるんだ」と感じると思うよ。
サ責 名前を呼ぶって大事なんですね…。

 

◎事実や気持ちを伝えること

主任 承認ってまだあるわよ。「事実を伝えること」「気持ちを伝えること」。
サ責 事実って…もう分かってることじゃないですか?
主任 そうなんだけど…「中島さん,ヘルパーさんに打診するとすぐ仕事を受けてもらえるようになったね」って言われるとどう?
サ責 褒められているわけじゃないけど,事実を改めて言ってもらうと嬉しくなりますね。
主任 そうね。認めてもらえた感じがするでしょ。ヘルパーさんに「この頃,身体介護の仕事をよく受けていただけますね」とか「よく事務所に来て報告してくださいますね」とか伝えると,ヘルパーさんも「中島さん,私を気にしてくれているんだ」って思うんじゃないかな。
サ責 そういうことでヘルパーさんと信頼関係を築いていくのが大切なんですね。
主任 そう。私,中島さんがコーチングを前向きに学んでくれて頼もしく思うわ。
サ責 あれっ? ひょっとしたら今の言葉は「私に気持ちを伝えること」ですか?
主任 分かった? そうなの。自分の気持ちを伝えることも承認になるの。
サ責 奥井主任はコーチングのテクニックをうまく使っていてうらやましいです。
主任 あら,自分の気持ちを伝えることのお返しありがとう!
ただ,主語には少し気をつけた方がいいわね。
サ責 主語って「私は」とか「あなたは」とかですか?
主任 そう,まさしく「私」と「あなた」よ。「中島さんは仕事が丁寧ね」って言われたらどう?
サ責 う〜ん,嫌な感じじゃないですけど,私って雑だし,とても丁寧だとは思えないなあと。
奥井主任から言われるならいいんですけど,同僚から言われたら「上から目線?!」って思うかもしれません。
主任 そうなの。人によっては主語が「あなた」だと,本人はそう思っていないことを言われて抵抗を感じたり,評価されたと感じたりするの。
サ責 なるほど。「あなたは…」は使い方が難しそう。
主任 それより「私は…」の方が使いやすいわ。
「私は中島さんが仕事を丁寧にする人だと思うよ」ってどう?
サ責 そう思ってくれる人がいるってことは,私,思ったより仕事,雑じゃないのかも…って思えます。
主任 これは「T(私)メッセージ」って言うのよ。
サ責 「愛がこもったTメッセージ」って覚えよう!

 

◎褒めること

主任 承認の中には「褒めること」や「任せること」もあるの。
サ責 褒められるとうれしいですよね。
主任 そうよね。子育ても,叱るんじゃなくて褒める育て方をしましょう,って言われているでしょう。
サ責 あっ,主任,痛いところを突かないでください。私なんか子どもを叱ってばっかり…。
主任 日本人って,褒めることが下手だって言われてるわよね。だから,なかなか褒めることって身についてないかもしれないって思うの。
サ責 でも,褒めることは承認の一つでもあり,重要なんですよね。
主任 そう。人は褒められるとドーパミンがたくさん出て,気持ちよくなるそうよ。
サ責 確かドーパミンって,パーキンソン病の勉強をした時に出てきました。
こんなところでも関係するんですね。
主任 人間の脳って奥深いわね。
さあ,その「褒める」だけど,ヘルパーさんを褒めることってある?
サ責 そう言われるとどうなのかな…。「いつもありがとうございます」とかは言うけど。
主任 具体的に言うといいわよ。中島さん,この前企画してくれた研修,ヘルパーさんの評判もよかったわ。企画力がついてきたってことよね。中島さんの成長,頼もしいわ。
サ責 いやー,そんなに褒めてもらってうれしいです。なるほど,そういう感じで褒めるんですね。
主任 私は自分の気持ちを素直に伝えただけよ。
サ責 私,奥井主任の判断力,いつもすごいと思っているんです。
私もいつかそうなりたいなあって。
主任 ドーパミンが出てきた! テンションが上がってくる感じよね。
サ責 ほんとです。少し恥ずかしいけど悪い気はしませんよね。
主任 褒める練習,してみましょうよ(資料)。


◎任せること

主任 さあ,褒めるほかにもう一つ「任せる」ことも承認だって話したわね。
サ責 任せるって,「仕事をあなたに任せるわ」の任せるですか?
主任 そう。人に何かを任せるってことは,相手を信頼しているからこそできることでしょ。
相手も「私のことを信頼してくれているんだ」って感じるわ。
サ責 信頼関係がますます強くなりますね。
主任 中島さん,経験を積んできたから,来年度はそろそろグループリーダーをお任せできるかしら。
サ責 ひゃー,それは無理です! でも「そんなふうに見ていてくれたんだ」ってうれしいです。ヘルパーさんには「名倉さん,入浴介助の経験も多いから,どんなお宅の入浴もお任せできますね」って感じで任せるテクニックを使えるといいなあ。
主任 そう,そんな感じよ。
サ責 でもすぐにいい言葉が出てこないなあ…。
主任 それはトレーニングするしかないかな。言葉の数を増やしていくこと。それにどんな人にでも褒めるところ,お任せできるところはあるはず。そういう視点を持つのも大事ね()。
サ責 これはトレーニングするしかないですね。
主任 それにね,褒める・任せるって,自分にとってもいいことがあるのよ。人を褒めているのに,脳が勘違いして自分が褒められていると思うの。
サ責 そうするとドーパミンが出てテンションが上がるってことですね。
自分のためにもぜひやってみよう!

まとめ

 今回は,「承認」についてお伝えしました。承認というと難しいように思いますが,普段のかかわりの中で少し気をつけておけば実践できそうなことです。第1回でもお伝えしましたが,この「承認」は「傾聴」と共に相手との信頼関係をつくる基礎となります。ここで十分関係づくりができると,次回お伝えする「質問」のテクニックを生かすことができます。しかし,さらに効果的な成長を促すのであれば,サービス提供責任者が積極的にかかわっていくことが重要です。多岐にわたる業務で忙しくても,ホームヘルパーに対して意図的な「承認」をすることは,人材育成に効果的な方法の一つだと考えています。

参考文献
 1)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,日本看護協会出版会,2007.
 2)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会ミドルマネジャー研修資料,2014.
 3)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.

 

出典:訪問介護サービスvol.13 no2 2016年1-2月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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