名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

コーチングの3大テクニック(3)質問のテクニック(1)

 前回では,「承認」についてお伝えしました。人は自分の存在を認めてもらうと安心できる,それが信頼関係を築く土台になる,というものでした。身近で経験する機会はあったでしょうか。本連載も第4回を迎え,ちょうど折り返しです。今回,次回と「質問」のテクニックを2回連続でお伝えしたいと思います。「質問」のテクニックは「傾聴」「承認」と比べると少し高度ですが,身につけるとホームヘルパーへの人材育成に大きく利用することができるものです。
 今回も職場の先輩,後輩の会話形式で,分かりやすくお伝えしていきます。


◎「質問って何?」

サ責 この前,承認のテクニックを教えてもらったので,ヘルパーさんたちが事務所に来た時に気にしていたんです。「依田さん,いつも事務所に来て報告いただけるので嬉しいです」とか「坂本さん,登録していただいて半年たちましたけど,10件も担当してくださってるんですね」って。
主任 依田さんには「気持ちを伝える」,坂本さんには「事実を伝える」を使ってみたのね。
サ責 はい! そうしたら依田さんは「もう〜,そんなの当たり前のことよ」って言いながら笑って答えてくれました。坂本さんは「はい,頑張ってます!」って嬉しそうに…。相手が笑顔でいてくれたり,嬉しそうにしてくれたりすると,こっちも何だか明るい気持ちになりますね!
主任 そうね。コーチングって,している方もされている方もモチベーションが上がってくるものなのよね。
サ責 お互いによい影響があるっていいことだなあ〜。
主任 さあ,今日はさらによい影響をもたらすことができる「質問」のテクニックを伝えていくね。このテクニックはこちらの一方的なアクションだけではなくて,相手がどう出るかによって対応を変えていくことが必要なの。だから「傾聴」や「承認」より少し難しいわよ。
サ責 とうとう3大スキルの山場なんですね。そんな難しそうなこと,私にできるかなあ…。
主任 そうね,これも「承認」の時みたいに慣れることは必要。でも,あせることはないわ。
私だってコーチングに出合って8年。ようやく質問できるようになってきたかな〜ってところだもの。
サ責 え〜,主任が8年なら私なんて15年も20年もかかりそう!
主任 でも,質問をうまく使えるようになると,ヘルパーさんの実力がグンと上がって利用者さんにはさらによいサービスを提供できる。中島さんの株は上がるし,仕事も楽になっていくわよ。
サ責 え〜! そんないいことが待ってるんですか!? じゃあ頑張って覚えよう!
主任 そうそう,その前向きさが大事よ。
サ責 ありがとうございます。あっ,これ承認ですよね。
主任 まあ,鋭い。これなら質問を伝えるのにも力が入るわ!
サ責 よろしくお願いします!

 

◎質問の種類

サ責 主任,さっきから何げなく「質問」って言ってますけど,コーチングの質問って普通の質問と違うんですか?
主任 普通の質問って,どういう質問のこと?
サ責 例えば「今日の朝ごはんは何でしたか?」とか「あなたは何歳ですか?」とか。
主任 なるほど,それが普通の質問ね。そう言われるとコーチングの質問は普通の質問とは違うわね。違いを分かりやすく言うと,普通の質問は「自分が知りたい情報がある時にする質問」,コーチングの質問は「相手の中にある考えを聞き出す質問」って感じかな。
サ責 相手の中にある考えを聞き出す質問…。う〜ん,ちょっと分かりにくいなあ。
主任 中島さん,どうしてコーチングを知りたいって思ったの?
サ責 えっ? 急にそういうことを言われてもなあ。あんまり私,考えてないヒトだからなあ…。
主任 …。
サ責 そうだ,コーチングを教えてもらう時,一番最初に主任が「サ責は利用者さんに対する仕事もあるけど,ヘルパーさんへの教育も仕事なんだ」って教えてくれました。だから,ヘルパーさんの人材育成のために知りたいって思ったんです。
主任 そうなのね。中島さん,素敵よ! 
ところで今,私が質問した時,ちょっと考えたでしょう?
サ責 はい,そうですね。考えました。
主任 そういうことなのよ。よく「自分がその気になったらできる」って言うじゃない。
サ責 そうです〜。うちの子なんてどれだけ私が「勉強しなさい!」って言っても無視です。
主任 それは子どもさんが「勉強しよう!」って思ってないから,なかなか行動に移せないの。
サ責 そうですね…。母親がガミガミ言ってもね…。
主任 でもどう? 中島さんはヘルパーさんたちの人材育成に活かしたくてコーチングを知りたいと思ったんでしょう? 自分はそういうこと考えてたんだって改めて思ったから,コーチングを学びたいっていうことが腹に落ちる。
サ責 そうか…。私,ヘルパーさんたちの人材育成に活かしたいって思ってたんですね。
子どもも勉強の必要性を自分で考えれば勉強するってことなんだ…。
主任 自分で考えることって大切なのよ。
サ責 そうか,「相手の中にある考えを聞き出す質問」は相手に考えてもらうきっかけをつくって,その気になってもらうことなんですね。
主任 そうそう。もちろん質問する側も「相手には自分で考える力がある」って信じて質問することが大事なのよ。

 

◎「質問」する時に大事なこと

サ責 「相手には自分で考える力がある」って信じることが大事なんだ。…ということは,
ここで「傾聴」や「承認」で築いた信頼関係が大切になってくるんですね。
主任 そうなの。「この人,どうせ答えなんか持ってないわ」って思いながら質問しても,よい返事は返ってこない。そう思ったら,相手の答えなんて求めないで「こうしなさい,ああしなさい」って指示だけしてしまうわ。
サ責 そうか…。「どうすればいいの? 中島さん!」ってヘルパーさんからの電話がたくさんあったのは,私がヘルパーさんたちを信じてなかったからかも…。
主任 まあ! そんなふうに考えなくてもいいわ。コーチングのテクニックを知らなかったから,それしか方法がないと思ったのよ。これからはヘルパーさんを信頼してどんどん質問していけばいいの。テクニックを使う時にはちょっと気にしておくことがいくつかあるけどね()。

 

表●質問する時の5つのポイント
 (1)答えやすい雰囲気をつくる
 (2)沈黙を大切にする
 (3)答えを「出す」ことより答えを「考える」ことを大切にする
 (4)相手の言葉の意味を大切にする
 (5)「あなたにとって」を大切にする
間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,P.69,日本看護協会出版会,2007.

 

サ責 気をつけておくこと,ですか?
主任 私が中島さんにさっき質問した時,どうだった?
サ責 いろいろ考えていて,うまく言葉にできなくて,どうしようって思ったんですけど,
主任がニコニコ笑って待っていてくれたから焦らないで答えられました!
主任 そう,ありがとう。中島さんが一生懸命考えてくれる姿を見て,応援していたのよ。
なるべく答えやすい雰囲気をつくっていたつもりなんだけどね。
《1》答えやすい雰囲気をつくる
サ責 はい,答えやすかったです。それに,主任はいつもニコニコしていて怖くないし。
これが副所長の谷口さんだったらビビってたかも。
いつも「早く!」って言うのが口癖だし…。
主任 まあまあ。だからよく分かるでしょ。焦らせてはいけないってこと。
気長に待つのも質問のテクニックなのよ。
サ責 それから,一つあれ? って思ったことがあるんですけど,主任は私がなかなか答え
られなかった時,黙って待っていてくれましたよね。(《2》沈黙を大切にする)
主任 そうね。黙って待っていることってなかなかできないものよ。すぐ「こうじゃないの?」なんて話しかけたりして。でもね,相手に考えてもらうためには黙って待つことが必要よ。
サ責 そうですね,考えている時,主任に「こうじゃないの?」って話しかけられたら,考えることをやめてしまうでしょうね。
主任 こちらが黙って待っていることで,ゆっくり考えてもらうのよ。答えを「出す」ことより「考える」ことが重要なの。(《3》答えを「出す」ことより答えを「考える」ことを大切にする
サ責 答えなきゃ,って思うと焦って答えが出てこなくなってしまう。
主任 そうでしょう。答えを出すまでの経過が大事なの。
サ責 経過ですか…。私たちの仕事と一緒ですね。
利用者さんの支援も結果だけじゃなくてその経過も大事。
主任 そうね。それに相手の言葉の意味を大切にすることも大事。質問する側が勝手な解釈はしない方がいいわ。「中島さんがコーチングを学びたいと思った理由は?」って聞いたわよね。
サ責 はい,ヘルパーさんの人材育成のためです。
主任 一言でヘルパーさんの人材育成と言ってもいろいろあるでしょう?
サ責 私はとにかく利用者さんによいサービスをしたいと思って…。
主任 そうなんだ。私は中島さんの仕事が楽になるからなのかなって思ってた。
サ責 え〜そんなことないですよ。利用者さん愛ですよ〜。
主任 ね,これは中島さんの言葉の意味を大切にできていないよってこと。もちろんこれは例え。中島さんの利用者さんに対する愛はよく分かってるつもりよ。(《4》相手の言葉の意味を大切にする
サ責 なるほど,そういうことなんですね。
主任 最後にもう一つ,その人にとってどうなのかを考えることよ。(《5》「あなたにとって」を大切にする
サ責 その人にとって,ですか。
主任 利用者さんの中で,部屋が片付かなくてヘルパー泣かせの人,いるでしょう?
サ責 います,います! 毎週片付けをするのに1週間するとまた元に戻ってる…。
主任 でもそれって,一般的に「部屋は片付いているものだ」って思ってるからじゃないかな。利用者さんがどう思っているかって考えたことある? ひょっとしたら今までの生活歴もあって,片付いてない部屋の方が落ち着くのかもよ。
サ責 う〜ん,そういうこと,あるのかもしれないですね。
主任 そう。利用者さんに「あなたにとって部屋を片付けるってどんなことですか?」って聞いてみるのもいいかもね。
サ責 そうですね。これって利用者本位,訪問介護の基本ですね。
主任 そうね。こんなところでも訪問介護とコーチングの共通点があったわ。
さあ,これからは質問の具体的なテクニックね。拡大質問や未来質問があるんだけど…。
あ,でも会議の時間だわ! 質問のテクニックはまた今度伝えるね。
サ責 え〜,奥井主任〜! ここからいいところだったのに!
私,早く具体的なテクニック聞きたくなっちゃった!
   

まとめ

 今回は,「質問」の基本的なことについてお伝えしました。普段何げなくしている質問ですが,実は相手に考えさせていないこともあるのではないでしょうか。例えば,すでに自分の中には答えがあってそれを言わせたいだけの質問や,相手の成長を考えず答えを急かせる質問などです。現場を持つサービス提供責任者は時間に追われているので,登録ホームヘルパーとゆっくり話す機会もなく,サービス提供責任者が答えを出している場面をよく見ます。これでは,いつまでたっても登録ホームヘルパーの質は上がりません。自分自身の仕事の仕方を振り返ることも必要でしょう。

引用・参考文献
 1)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,日本看護協会出版会,2007.
 2)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会 ミドルマネジャー研修資料,2014.
 3)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.

 

出典:訪問介護サービスvol.13 no3 2016年3-4月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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