名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

3大テクニックの実践事例

 第1回ではサービス提供責任者が登録ヘルパーの人材育成を行うことは職務であること,第2回は傾聴,第3回は承認,第4・5回では質問のテクニックをお伝えしてきました。今までも具体的な場面での使い方は少しお伝えしてきましたが,今回はこの3つのテクニックを実際現場でどのように使うことができるのか,事例で考えていきたいと思います。
 今回も職場の先輩と後輩の会話形式で,分かりやすくお伝えしていきます。


◎コーチングのテクニックを使って(1)

サ責 奥井主任,コーチングの3大テクニック「傾聴」「承認」「質問」をしっかり教えていただいたんですけど,実際使おうと思うとなかなか難しいですよね…。
主任 そうね。頭ではしっかり理解してくれたとは思うけど,現場でヘルパーさんを相手に使うためには,慣れていくことが大切よね。
サ責 でも日々の業務に追われて,ハッと気がつくと,コーチングのテクニックなんて忘れちゃって…。
主任 やはり普段から心がけて使うことは大事。サ責同士で練習してみるのもいいかも。そうね,中島さん,最近ヘルパーさんと話していて対応に悩んだことってある?
サ責 そんなのは山のようにあります!
主任 まあ,そんなことないでしょ。今までの練習中だって,結構上手にコーチングを使ってた例を教えてくれたじゃないの。でも,今回は「もしコーチングがうまく使えていたらもう少し状況も変わっていたかな?」なんていうことがあれば教えて。
サ責 そうですねえ…。そうだ! この前,野澤ヘルパーさんが長坂さんのお宅へ行った時のことを報告してくれたんですけど…。

実践例
〈事例(1)−1〉
ヘルパー
中島さん,今日長坂さんのお宅へ行ってきたんですけど,
ちょっと元気がなくて心配なんです。
サ責
そうそう,この前私も訪問した時,
「最近血圧が高くて,いつ脳卒中になるか心配なの」って言ってました。
ヘルパー
でもね,血圧が高いっていったって上が150もないくらいですよ。かかりつけの先生からも大丈夫って言われてるんですけど,最近お友達がお風呂で倒れて入院されたみたいで。ご自分も心配なんでしょうね。
サ責
そうですか。じゃあ,ケアマネさんに伝えておきますね。もし,お風呂が不安ということならデイサービスをお勧めするようにお願いしておきます。
ヘルパー
そうですね。

主任 これはどこが悩んだところだったの?
サ責 私,訪問の約束があってあまり時間がなくて,まずきちんと聞いてなかったな,っていうのが反省なんです。それに自分で対応方法を言っちゃいました。
主任 そうね。時間に追われているから難しいけど。
サ責 うなずきや相づちくらいはできたと思いますけど,承認や質問なんて全然できなかった…。
主任 じゃあ,私が野澤ヘルパーさんになるから,どう対応するとよかったか考えましょうよ。
サ責 え〜緊張するなあ。でも練習あるのみですもんね! お相手お願いします。
主任 そうよ,練習が一番()。

》押さえておきたいテクニックとポイント

傾聴のテクニック
 (1)相づち・うなずき
 (2)共感・要約・代弁
 (3)ペーシング・ミラーリング

承認のテクニック
 (1)その人の存在に気づいていることを伝える
 (2)事実を伝える
 (3)気持ちを伝える
 (4)褒める
 (5)任せる

質問する時のポイント
 (1)答えやすい雰囲気をつくる
 (2)沈黙を大切にする
 (3)答えを「出す」ことより答えを「考える」ことを大切にする
 (4)相手の言葉の意味を大切にする
 (5)「あなたにとって」を大切にする

限定質問
 (1)はい・いいえで答えられる質問
 (2)事実確認,相手の決断を聞く時に有効
 (3)選択肢が2つしかないので相手の考えに広がりは与えられない

拡大質問
 (1)5W1Hで自由に答えられる質問
 (2)相手が自分で考えることを促す。
  新しく気づいたりよく考えたりする機会を持てる
 (3)相手の考えに広がりを持たせられる


実践例〈事例(1)−2〉
ヘルパー
中島さん,今日長坂さんのお宅へ行ってきたんですけど,
ちょっと元気がなくて心配なんです。
サ責
そうなんですか。元気がなくて心配されてたんですか(傾聴の繰り返し)。いつも長坂さんのことを気にかけていただいていてありがとうございます(承認の気持ちを伝える)。長坂さん,どうかされたんですか?
ヘルパー
血圧の数値をとても気にしておられて。でもね,血圧が高いっていったって上が150もないくらいですよ。かかりつけの先生からも大丈夫って言われてるんですけど,最近お友達がお風呂で倒れられて入院されたみたいで。ご自分も心配なんでしょうね。
サ責
何を心配されておられるんでしょう?(WHATの質問)
ヘルパー
ご自分もひょっとしたらお風呂で倒れてしまうんじゃないかって思っておられるようなんです。
サ責
そうなんですね(傾聴の共感)。
不安を解消できる方法はあるでしょうか?(HOWの質問)
ヘルパー
そうですねえ…ご自宅のお風呂は大工のご主人が作られた思い出のあるものなんです。でも,手すりはないし,広いし…ちょっと危ないかな。
サ責
普段はいつ入っておられるんでしょうね?(WHENの質問)
ヘルパー
週に何回か娘さんが来られた時に入っておられるんですけど,最近娘さんが忙しくて訪問されていないんですよ。
サ責
そうだったんですか。娘さんには今の状況をお伝えしておいた方がよさそうですね。では,私たちにできることって何かあるでしょうか?(WHATの質問)
ヘルパー
私が入浴介助させていただくのはいいんですけど,恥ずかしがられるんじゃないかなあ。気を使って遠慮されそうです。とりあえず,足浴くらいから声をかけてみるのはどうでしょう?
サ責
なるほど。足浴ですか(傾聴の繰り返し)。さすが長坂さんのことをよく分かってくれていますね。もう野澤さんに長坂さんのことをお任せしても安心だわ!(承認の任せる)

主任 やってみてどうだった?
サ責 そうですね。お風呂=デイサービスという考えは短絡的でしたね。ご自宅のお風呂にこだわりがあるとか,気を使う人だとか,考えていませんでした。
主任 そのあたりは私の創作なんだけど,ヘルパーさんってこういう情報をたくさん持っているのよね。忙しいサ責には遠慮して「この程度の情報は話さなくてもいいか」なんて思ってるのよね。でも,利用者さんの生活歴ってとても大事でしょ。
サ責 本当です。利用者さんは過去があって今がありますよね。
主任 中島さん,前はゆっくり話を聞けなかったのかもしれないけど,今回は傾聴や承認のテクニックも使えてたし,何種類も質問できていたわよ。
サ責 こうやって落ち着いて話をしていたら,野澤さんからいろいろな情報を聞き出せたかもしれません。
主任 そうね。ゆっくり時間を取って向き合うことは大事ね。

 

◎コーチングのテクニックを使って(2)

主任 さあ,どうせならもう一つ練習してみない?
サ責 そうですね! この際,奥井主任には甘えてしまおう! 
つい昨日,岸田さんから仕事の悩みを相談されたんです。

実践例〈事例(2)−1〉
ヘルパー
中島さん,ちょっと相談したいことがあって…。実は私,介護福祉士の資格を取りたいんです。でも子育て中だし,実家の母も体調を崩してそれも心配だし…。もう忙しくて。
サ責
そうですか。おうちの方が大変なんですね。
じゃあ,少し仕事をすることを控えたらどうですか?
ヘルパー
そうですね。じゃあ,主任にも少し仕事を減らしてもらうように伝えておきますね!
サ責
あ,はい,よろしくお願いします。

主任 これはどこが悩みどころだったの?
サ責 相談に乗ったんですけど,岸田さん,何だか暗い顔で帰って行かれて。
あまり役に立たなかったのかなって…。
主任 そうなの。じゃあ練習してみましょうよ。
サ責 はい,お願いします!

実践例〈事例(2)−2〉
ヘルパー
中島さん,ちょっと相談したいことがあって…。実は私,介護福祉士の資格を取りたいんです。でも子育て中だし,実家の母も体調を崩してそれも心配だし…。もう忙しくて。
サ責
介護福祉士を目指しているんですね!(傾聴の繰り返し)子育てしながら仕事をする岸田さんってすごいって思います(承認の気持ちを伝える)。
でも確かに大変ですよね(傾聴の共感)。
ヘルパー
そう,大変なんですよ。でも仕事は続けたいんです。それに介護福祉士資格はどうしても取りたいんです。ところがなかなか勉強できなくて。みんなどうやって勉強しているのかな…。
サ責
向上心を持ってる岸田さんは素敵ですよ!(承認の褒める)
でも大変ですよねえ。うーん,勉強の時間ですか…。
ヘルパー
皆さんいつ勉強しているんでしょう?
サ責
人それぞれですよねえ。岸田さん,どんな時勉強できそうですか?(WHENの質問)
ヘルパー
そうですねえ。夜は疲れて寝ちゃうんで,子どもが学校に行ってる昼間とか。
サ責
昼間の中でもどんな時ならできそうですか?
ヘルパー
どんな時……?
サ責
……(質問のポイント 沈黙を大事にする)
ヘルパー
仕事の合間とか,家事がひと段落した時間とか…。
サ責
そうなんですね。じゃあ,どこで勉強すると集中できそうですか?(WHEREの質問)
ヘルパー
家じゃできないです。家事が気になってしまうので。学生時代は図書館に行っていましたけど,今はなかなか行けなくて…。
サ責
ご自宅以外で勉強ができそうなとこってありますか?(WHEREの質問)
ヘルパー
そうですね。コーヒーが好きだから喫茶店とか,そうだ,子どものおけいこの送り迎えの待ち時間に車の中で,とか。
サ責
そう,喫茶店や車の中ですね(傾聴の要約)。
よいアイデアだと思いますよ!(承認の気持ちを伝える)
ヘルパー
そうですね! ありがとうございます!
私,結構勉強する時間があるのかも!早速参考書を買ってきます!

サ責 そうだったんだ〜。岸田さん,仕事減らしたくなかったのかも…。
主任 そうかもしれないわね。
サ責 つい自分の考えを押し付けちゃう。
主任 中島さんは気を使ったんだと思うけど,
岸田さんの気持ちをまず聞いてみることは大事かもね。
サ責 そうですね。コーチングって「相手のやる気や能力を引き出すテクニック」ですもんね。
主任 そうそう。


◎日々コーチングのテクニックを気にすること

サ責 確かに練習したり,使うことを心がけたりするって大事だと思います。でもやっぱり日々の業務に追われて,コーチングのテクニックなんて忘れている自分がいます。
主任 確かにそうよね。私はコーチングを習って間もない頃,あちこちに「傾聴・承認・質問」ってメモを貼っていたわ。
サ責 メモですか?
主任 そうよ。ヘルパーさんとは電話で話すことも多いんじゃない?
だから電話台に貼ったり,机の見えるとこに貼ったりして。
サ責 なるほど〜。まず私はそこからです。
主任 コーチングのことばかり考えてもいられないわよね。でも,コーチングを使うことでヘルパーさんの質が上がれば,利用者さんのサービスの質が上がるし,サ責の業務もうんと楽になる。そうすれば,サ責が学ぶ時間も取れるようになってさらにサ責の質も上がる。こんなふうになるといいなあってずっと思っているのよ。
サ責 本当です。コーチングを活用して,介護の質がアップするようにコーチングの達人になりたいです!
主任 応援してるわよ!

 

まとめ

 今回は,具体的な事例を挙げてコーチングの使い方をお伝えしました。相手に相談されるとつい答えを言ってしまいますが,スキルアップしてほしいと思う相手には,「相手のやる気や能力を引き出す」ために質問を返すことが大切です。特に,少しずつ訪問介護のことが分かってきた中堅の登録ヘルパーには,「一緒に考える」という姿勢を見せながら質問することが効果的でしょう。
 今までは登録ヘルパーに対するコーチングをお伝えしましたが,次回は利用者に対してのコーチングをお伝えしたいと思います。


参考文献
 1)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,日本看護協会出版会,2007.
 2)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会 ミドルマネジャー研修資料,2014.
 3)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.

 

出典:訪問介護サービスvol.13 no5 2016年7-8月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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