名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

現場で活かすコーチング

 前回(本誌Vol.13,No.5)は,今までお伝えしてきたコーチングのテクニックを使い,登録ヘルパーに対する具体的な事例をお示ししました。今回は,自立支援を言われている利用者に対しての事例,また介護に迷っている家族の事例の2つで,どのようにコーチングを使うかについてお伝えしたいと思います。
 今回も職場の先輩と後輩の会話形式で,分かりやすくお伝えしていきます。


◎利用者や家族の自立支援にコーチングを使う

サ責 奥井主任,前回はヘルパーさんにどうやってコーチングを使うといいかって教えていただいたんですけど…。
主任 上手に使えていたじゃない。
サ責 ありがとうございます。でも私,利用者さんのことでも悩んでいて…。
主任 あら,いつも元気な中島さんなのに歯切れが悪い物言いねえ。
サ責 今の介護保険は自立支援って言われていますよね。でも,ヘルパーさんの意識も利用者さんの意識もなかなか変わらないなあって思っているんです。
主任 そうねえ,ヘルパーさんたちはお世話好きな人たちが多いし,利用者さんが喜んでくれるならやってあげたいって気持ちになるわよね…。
サ責 利用者さんも,やってもらうのが当たり前,って思っている人もいたりして。
主任 介護保険料を払っているんだから,って思っていたりしてね。
サ責 そうなんですよ〜。
主任 ヘルパーさんの意識を変えていくのはもちろんサ責の役割なんだけど,
「利用者さんのやる気や能力を引き出す」には?
サ責 そうなんですよ,「コーチングだ!」って思ったんです!
でもコーチングを利用者さんに使うなんて…。
主任 中島さん,さすがずっと私がコーチングを伝えてきただけあるわ!いいところに気がついたわね。利用者さんにこそ,コーチングを使うと「自立支援」のお手伝いができるかもしれないわよ。中島さん,その悩んでいるっていう利用者さんとどんなやりとりがあったか教えてくれる?
サ責 はい…。お恥ずかしい話なんですけど…。

 


◎コーチングのテクニックを使って(1)〜対利用者
〈事例(1)−1〉
利用者
最近よお,中條(ヘルパー)さん慣れてきたのかいろいろ頼んでもやってくれなくなったんだわ。
サ責
何をですか?
利用者
風呂に入る時,「自分で洗えるところは自分でね」なんて言って,中條さん手抜きもいいとこだ。オレは麻痺が残る右手も使って一生懸命洗っているんだ。疲れちまうよ。
サ責
それは大変ですね。
でも,リハビリの先生にはなるべく右手も使うようにって言われていますよね。
利用者
そうは言ってもさ,ヘルパーさんが来ない時はオレ一人なんだから,
ヘルパーさんがいる時くらい楽させてくれよ。
サ責
うーん,そうですか。またケアマネさんと相談してきます…。

主任 そうか〜,言い負かされちゃったってところかな。
サ責 やはり年長者さんには勝てないですよ。
主任 勝った負けたではないんだけどね。
中島さん,この利用者さんの訪問介護計画の目標って何かな?
サ責 え〜,そこ来ますか!! 確か「以前楽しんでおられた麻雀ができるよう,筋力・体力がつくようにしていきます」って感じでした。
主任 そんな具体的な目標があるのね。
サ責 そうなんです。昔は馴染みの雀荘があったくらいです。
主任 そこまで通えるようになるといいわね。それを目標に自立支援でしょう。
サ責 そうか…そうなんですよね。訪問介護計画の目標はそのためにあるんでしたよね。
全く抜けていました…。
主任 じゃあ,目標を意識してコーチングを活用してみましょうか(表1〜4)。
私がお相手するわよ。
サ責 主任,よろしくお願いします!

〈事例(1)−2〉
利用者
最近よお,中條(ヘルパー)さん慣れてきたのかいろいろ頼んでもやってくれなくなったんだわ。
サ責
何をですか?
利用者
風呂に入る時,「自分で洗えるところは自分でね」なんて言って,中條さん手抜きもいいとこだ。オレは麻痺が残る右手も使って一生懸命洗っているんだ。疲れちまうよ。
サ責
ご自分で洗っておられるんですね(傾聴の繰り返し)。
前向きなんですね,すごいですよ(承認の気持ちを伝える)。
利用者
すごくはないけど,オレなりに努力しているだけだって,へへへ。
サ責
いつ頃からご自分で洗っていらっしゃるんですか?(WHENの質問
利用者
先月末からだから,まだ半月くらいかな…。
まあ,半月じゃあ,筋肉がつかないのも無理はないか。
サ責
そうですか。先月末に比べると右手はどんな感じですか?(HOWの質問
利用者
その頃に比べれば動いているよ。
元のようにはいかないけど,半月で多少はよくなったのかもしれん。
サ責
このまま右手のリハビリを頑張って動きがよくなったら,
何かしたいことはありますか?(WHATの質問)
利用者
そりゃあ,また昔みたいに馴染みの雀荘へ行って,1日麻雀がしたいなぁ。
サ責
そうですね! 麻雀をなさる姿を想像すると私も嬉しいです(承認の気持ちを伝える)。では,麻雀のために何をするといいと思いますか?(WHATの質問)
利用者
そうだなあ,この前中條さんと買い物に行った時,「小銭出して」って言われたけど,「できんわ」って断ってしまったなあ。あれも麻雀ができるようになるための練習になるのかもしれんなあ…。
サ責
そうですね。細かい作業って面倒かもしれないけど,
麻雀のためならきっとできますよ(承認の任せる)。
利用者
そうだなあ,中條さんも怠けているわけじゃないのかもしれんなあ。
ちょっと右手動かす練習をしてみるわ。

主任 どんな感じだった?
サ責 こんなふうにできるといいなあ。
自立支援が大事って言いながら,私も訪問介護計画の目標を意識していませんでした。
主任 そうなのよ。そもそも目標を達成するために私たちは支援をするんだから。
サ責 日々の業務に追われていて,肝心なことが抜けていました。自立支援のための目標をしっかり立てる。そして,その目標に向かって「やる気や能力を引き出す」ためにコーチングを利用する。これができれば素敵ですね。
主任 そうよ,中島さん,よく分かっているじゃない。中島さんだってそういう思いがあったから,中條ヘルパーさんには「なるべく自分でやってもらうように」って指示していたんでしょ?
サ責 そうですよね。今日ここで確認できました。

◎コーチングのテクニックを使って(2)〜対家族

サ責 じゃあもう一つ! 今度はご家族への対応で悩んだことなんですけど…。
主任 ご家族?
サ責 介護疲れもあって後ろ向きになってしまっているご家族の本当の気持ちを聞き出して,何か支援したいと思うんですけど,うまく聞き出せないんです…。

〈事例(2)−1〉
利用者の妻
うちの主人,このところだんだん認知症がひどくなってきていて,
とうとうこの前は靴も履かず,勝手に外へ出て行ってしまったの。
サ責
そうなんですか!
利用者の妻
探したわよ,息子たちにも電話して,警察に連絡しようかと思っていたところでお隣さんが公園にいるところを見つけてくれて…。
サ責
それは大変でしたね。
利用者の妻
私も歳だし,主人の介護は限界なのかしら…。
施設のことも考えないといけないわ。
サ責
そうですか。せっかくヘルパーにも慣れていただけたのに…。

主任 うーん,これは深刻な問題よね。
サ責 だから私,何て言っていいのか分からなくて…。
主任 ちょっと難しいけど,利用者さんの奥さんへのコーチングについて練習してみましょう。
サ責 自信ないけどなあ…やってみます。

〈事例(2)−2〉
利用者の妻
うちの主人,このところだんだん認知症がひどくなってきていて,とうとうこの前は靴も履かず,勝手に外へ出て行ってしまったの。
サ責
そうなんですか!
利用者の妻
探したわよ,息子たちにも電話して,警察に連絡しようかと思ってたところでお隣さんが公園にいるところを見つけてくれて…。
サ責
お隣の方が見つけてくださったんですね(傾聴の繰り返し)。
奥様,見つかるまで心配でしたね(傾聴の共感)。
利用者の妻
私も歳だし,主人の介護は限界なのかしら。
施設のことも考えた方がいいのかも…。
サ責
施設ですか…(傾聴の沈黙を大切にする)。
利用者の妻
先日は私がちょっと目を離したすきに出かけちゃったの。でもね,いつも見張っているわけにはいかないでしょ。家事とかもしなきゃいけないし。だからといってすぐに施設にとも思わないけど。
サ責
奥様はどのようにしたいと思っていらっしゃるんですか?(HOWの質問)
利用者の妻
本当はね,できる限りこの家で過ごしてほしいと思っているのよ。
サ責
そうなんですね。できるだけご自宅で…奥様はご主人を大切にしておられるんですね(承認の気持ちを伝える)。今回ご主人が出かけられたのには何か理由がおありだったのでしょうか?(WHYの質問)
利用者の妻
そうねえ。ひょっとしたら昔よく行っていた喫茶店へ行こうと思ったからかもしれないの。
サ責
そうですか。喫茶店へ?(傾聴の繰り返し)
利用者の妻
コーヒーが好きな人でね。毎週行っていたの。以前はうちで豆をひいてコーヒー入れたりね。でも今は連れて行くこともできないし…。
サ責
喫茶店に…。何か私たちにできることってありますか?(WHATの質問)
利用者の妻
そうねえ,何かしていただくこと…一緒にコーヒーを飲みに行ってってのは無理だったわよね。
サ責
そうなんですけど…(傾聴の沈黙を大事にする)。
利用者の妻
そうだわ,その喫茶店に主人を連れて豆を買いに行ってもらえるかしら。そこのマスターと会って少し話でもできれば気分転換にもなるし,毎週行くことが分かれば主人も勝手に出て行ったりしなくなるかも。
サ責
そうですね。それは楽しそうですね(承認の気持ちを伝える)。
利用者の妻
その間,私は少しゆっくりできるしね。
サ責
分かりました。では,事務所で検討してまたご連絡しますね!

サ責 奥さんの気持ちを受け止めるだけが精いっぱいでしたけど,こうやってみると,奥さんの本当の気持ちが分かってきますね。
主任 コーチングはやる気や能力を引き出すんだけど,その前に奥さんの本当の気持ちを聞き出して寄り添っていくことが一番大切なことだものね。
サ責 考えたらコーチングって,アセスメントやモニタリングの時,気持ちを聞き出すのに利用できるんですね。
主任 本当ね。私も改めて思ったわ。こういう使い方ができると,利用者さんの自立支援ということだけではなく,介護者さんのエンパワメントになるかもしれないし。


◎利用者へのコーチング

サ責 利用者さんやご家族に対してコーチングって使える気がしてきました!
主任 そうね,中島さんくらいコーチングが身についていれば大丈夫よ。でも高齢の利用者さんにコーチングを使うのには,対象がある程度限定されるかもしれないけれどね。
サ責 限定,ですか。そっか,いろいろ「考える」ことが必要ですからね。
主任 いろいろな判断ができなくなった認知症の方にはちょっと難しいかも。でも,コーチングが活かせないわけじゃないと思うのよ。そういう方に対しては,周りの人たちにコーチングをして「やる気や能力を引き出す」こともできるわ。さっきやってみた家族とか。
サ責 そうですね。ご家族のエンパワメントも大事ですよね。
今回の件は奥さんに希望や見通しを持ってもらえそうな気がします。
主任 ヘルパーさんの人材育成にも,利用者さんのケース運営にも利用できるコーチングって奥深いでしょ。
サ責 本当です。これからもどんどん活用していきたいって思います。
主任 中島さん,素敵よ!

 

まとめ

 今回は,利用者,利用者家族に対するコーチングをお伝えしてきました。「身内」の登録ヘルパーに対してコーチングを使うのとは違って,利用者にコーチングを使うのは緊張を伴うこともあるでしょう。また,相手を選ぶ必要もあります。
 紙面上のことなので,「そんなにうまくいくわけがない」とか「そうはいっても」という声が聞こえてきそうです。しかし,うまくいく,いかないにかかわらず,使ってみることが大事なのではないでしょうか。気にして使ってみなければ,いつまでたってもその効果を体感することはできないのです。


参考文献
 1)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,日本看護協会出版会,2007.
 2)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会 ミドルマネジャー研修資料,2014.
 3)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.

 

出典:訪問介護サービスvol.13 no6 2016年9-10月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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