名古屋市社会福祉協議会
昭和区介護保険事業所 副所長
谷口法絵


   

新人サ責へのコーチング

 とうとうこの連載も最終回となりました。今回は,新人サービス提供責任者(以下,サ責)へのコーチング,特に質問のテクニックをどのように使うのかを具体的にお伝えしていきます。
 訪問介護業界では,まだまだ看護業界のプリセプター制度(新人看護師を3〜4年目の中堅看護師がマンツーマンで仕事を教えていくこと)のような体制を取り切れていません。しかし,忙しい業務の中で新人サ責に「見て学べ」といった職人のような学び方をさせるのは,新人に不安を持たせるだけです。日々の仕事をする中で,先輩サ責が新人サ責を適切に指導し,経験を積んだサ責が増えていくことは,質のよいサービスにつながると考えています。今回も職場の先輩と後輩の会話形式で,分かりやすくお伝えしていきます。


◎新人サ責に対するティーチングとコーチング

サ責 奥井主任,今までヘルパーさんや利用者さんに対して,
コーチングをどうやって使うとよいかを教えていただきました。
主任 そうね。私たちサ責の仕事は,対利用者と対ヘルパーの仕事があるって最初に伝えたわね。
サ責 はい,覚えてます! 
でももう一つ,大事なことがあるって思っているんです。
主任 何となく分かるわよ〜。職場内のことね。
サ責 分かりますか?
実は…6カ月前に入ってきた福田さんのことなんです。
主任 サ責としてのキャリアはまだ短いけど,いろいろ人生経験をしてきた人だし,
いい人だと思うわよ。
サ責 はい,もちろん,優しい,いい人だと思っています。
主任 でも,年上だとやりにくいことがあるかな?
サ責 いえ,私のことを立ててくれていろいろ相談もしてくれるので,
そういうことではないんです。
主任 いろいろ相談,ってところが引っかかっているのね。
サ責 そうなんです。「この利用者さんにはどのヘルパーさんがよいと思いますか?」とか,「トイレがすごく狭いお宅で,どうやったらうまくトイレ介助できるんでしょう?」とか…どこまで答えていいのかなって。
主任 そうか,まずはそこからね。中島さん,コーチングはもうよく理解していると思うけど,ティーチングって聞いたことはある?
サ責 ティーチング…ですか? 英語で言えば「教える」ってことでしょうか?
主任 そう。教えること。新人サ責の育成には,このティーチングとコーチングをうまく使い分けることが必要なのよ。
サ責 使い分けですか? も〜コーチングだけで頭がいっぱいですよぉ。
主任 まあそう言わず,を見て。
サ責 これはどういう意味なんですか?
主任 縦軸はティーチングとコーチングの割合,横軸は熟知度。つまり経験ね。経験が浅い時はティーチングの割合がどうしても多くなるわ。でも,経験と共にコーチングの割合が増えていくように,先輩が仕向けていくのよ。
サ責 そうなんだ。福田さん,6カ月たつけど,熟知度はどのあたりなのかな…。
主任 そうね。その人の訪問介護を含めたさまざまな経験とか性格も関係してはくるけれど,まあ順調なんじゃないかな。
サ責 ところで,この2つの使い分けって難しそうですよね。
主任 単純なところで言えば,基本的なマニュアルのあるものはティーチングよね。
アレンジしていく必要があることはコーチング。
初めてコーチングの話をした時,入浴介助のことを話したわよね。覚えてる?
サ責 覚えてますよ〜。入浴介助方法ってマニュアルはあるけれど,お風呂場だってそのお宅ごとに違うし,ADLも違うから介助の仕方もいろいろ。だから福祉用具が使えるか考えたり,事前にどういう介助がよいか考えたりする,って話でしたよね。
主任 中島さん,よく覚えてるじゃない。基本的なことはティーチング,自分で考える必要があることはコーチングだったわよね。例えば,訪問介護計画の作り方。どこに何を記入するかとか,ケアプランと介護計画は整合性が大事とかは訪問介護計画作成マニュアルに書いてあるでしょ。でも,利用者さんの目標は,担当サ責のアセスメントとケアマネさんのケアプランを見て,自分で考えなきゃいけない。
サ責 そうか,福田さんの質問してきた内容は,私がティーチングしてよいものと,福田さんに考えてもらえるようコーチングの質問を使うものがあるってことなんですね。
主任 そう。それを福田さんのサ責としての熟知度,つまり経験と共に少しずつ割合を変えていく。基本的なことは,ある程度したら質問されなくなるわ。もし質問されても「マニュアルを見て」って言えるもの。福田さんは6カ月たつし,そろそろ基本的なことは減ってきたんじゃない?
サ責 そうですね。どこに何があるかとか,どの書類に何を書くかなんていうのは聞かれなくなりました。基本的なことは分かってきたってことですね。だからそういった内容の質問は減ってきたと思います。でも,質問の内容が濃いものが増えてきた感じがします。
主任 そこでコーチングの実力を発揮するのよ,中島さん!


◎まずは信頼関係を築くこと

サ責 さっき,主任は「経験と共に少しずつ割合を変えて」って言いましたけど,ティーチングからコーチングへシフトしていくってどういうことですか?
主任 ここで言う「コーチングにシフトしていく」っていうのは,「質問」のテクニックを使いはじめるっていうことよ()。だけどね,「自分で考える」必要がある内容でも,新人が考えられるレベルから,サ責のみんなで考えなければいけないものまでいろいろあるのよ。
サ責 そうですよね。私だって答えられない難しい問題がたくさんあります。
主任 そう。そこは難しいところだけど,まずは新人が一人で考えられそうなところから始めていくってことね。でもその前に,普段からコーチングの「傾聴」と「承認」を使って信頼関係を築くことはできているかしら?
サ責 ヘルパーさんとの関係でも教えていただきました。
傾聴や承認でしっかり信頼関係を築いてから質問するんでしたよね。
主任 きちんと覚えていてくれてありがとう。そうよ。今までは福田さんに質問されたら丁寧に答えてあげていたのに,中島さんが勝手に「もう信頼関係はできた」と思って,「福田さんはどう思う?」なんて質問を返したらどうなるかな。
サ責 う〜ん,私,試されているのかな,なんて思うかも。ひょっとしたら,今まで答えてくれていたのに,「急に意地悪になった!何か私,中島さんに悪いことしたんじゃないかしら」なんて変に勘ぐるかもしれませんね。
主任 そうよ。信頼関係ができてないとそうなっちゃう。でも,信頼関係ができていれば,「今まで私の話をいろいろ聞いてくれたし,私のことを認めてくれている中島さんだから,私の考えたことをきちんと聞いて受け止めてくれる」って思うんじゃないかな。
サ責 そうですね。やはり傾聴と承認は大事なんですね。
だから勝手に質問のテクニックを使いはじめちゃいけないんですよね。
主任 やはり周りの人たちや上司と,福田さんはどれくらい経験して成長しているかを確認することが大事かな。
サ責 ということは,奥井主任や同じチームのチーム長と相談してからってことですね。
主任 それくらい,質問のテクニックは慎重に使いはじめた方がいいってことなのよ。
サ責 そうね,私は十分いい関係ができてると思うわよ。それに福田さんはいろいろ考えることができる人だと思うの。だから,そろそろ質問のテクニックを使ってもいいんじゃない?


◎質問のテクニックを使って〜対新人サ責

サ責 今回も練習したいんですけど…。
主任 もちろんいいわよ。新人が自分で考えられるくらいのものよね。
サ責 そうだと思います。

〈事例(1)−1〉
福田サ責
実は中島さんから引き継いだ,平野さんのお宅,
鈴木ヘルパーさんがお休みするって言うんですよ。
中島サ責
そうなんですか…。平野さんはヘルパーの好き嫌いがあるからなあ。
前に訪問してくれてたヘルパーさんは?
福田サ責
それがみんなほかの利用者さんのサービスが入っていて,お願いできないんです。
中島サ責
じゃあ川内さんは? あの人は誰にでも受けがいいからきっとうまくやってくれますよ。それに姉御肌だから,「ぜひお願いしたいんです!」って頼み込めば受けてくれると思いますよ!
福田サ責
そうですか。じゃあ今から電話します!

サ責 自分の考えだけ言っちゃいました…。
押し付けてるかな,なんてちょっと思いましたけど。
主任 そんな感じね。
サ責 どうすればよかったのかなあ…。
主任 とにかくやってみましょうよ,練習。
サ責 いつもお相手ありがとうございます!

〈事例(1)−2〉
福田サ責
実は中島さんから引き継いだ,平野さんのお宅,
鈴木ヘルパーさんがお休みするって言うんですよ。
中島サ責
そうなんですか…。福田さんは,
どう対応しようと思ってるんですか?(HOWの質問)
福田サ責
私,まだ平野さんのことあまり知らなくて…過去の記録を読んだんです。
そしたら,結構いろいろなヘルパーさんをお断りされているんですよね。
中島サ責
そうなんですよ。
忙しいのに過去の記録をよくさかのぼって読まれましたねえ(承認の事実を伝える)。
いろいろな記録を読んで平野さんをどんな方だと思われますか?(WHATの質問)
福田サ責
そうですね。自分のことをきちんと知ってほしい人。それに,奥様を亡くされて60歳になってから家事を一人でされるようになったようですよね。だから頑張り屋さんなんじゃないかなと。
中島サ責
そこまで平野さんのことを理解しておられるなら,どんなヘルパーさんがいいか考えられたんじゃないですか?(WHOの質問)
福田サ責
でも読むだけではちょっと理解しきれていない気がして…実は私がサービス提供をして,もっと細かいところを見てきた方がいいんじゃないかなって思っているんです。
中島サ責
そうなんですね。何が一番よい方法か,いろいろ考えておられたんですね。すごいなあ(承認の気持ちを伝える)。平野さんには連絡のタイミングも気をつけた方がいいと思うんですけど,いつ連絡しますか?(WHENの質問)
福田サ責
鈴木ヘルパーさんが訪問している時,私も訪問してお伝えしようと思っているんです。
中島サ責
それがいいですね。

サ責 そうなんだ,福田さん,そういうこと考えてたんだ。
主任 実は川内さんに電話したけど都合がつかなくて,どうしようって相談があったの。
そこでこんな気持ちを聞いていたのよ。
サ責 そうか〜,私はそういう発想はなかったなあ。福田さんは平野さんのところに何度も訪問してたけど,自らサービス提供はしていなかったんですね。
主任 ある程度経験をすると,記録を読んだり,サービス提供をしたりしなくても,こんなヘルパーさんがいいかな,なんて分かってくるけど,新人のこういう気持ちも大事よね。
サ責 本当にそうですね。私も新人の気持ちを忘れちゃいけませんね。


◎コーチングを生かして

主任 さあ,もう私が中島さんに伝えることはないわ。これからは独り立ちね。
サ責 奥井主任,たくさんコーチングを教えていただいてありがとうございました。初めは,本当にこれが人材育成に生かせるのかな,なんて思っていましたけど,現場で使っていくうち,手応えを感じるようになりました!
主任 そう,とにかく使ってみること。頭の中で理解しているだけじゃ身につかないものね。
中島さん,これからもサ責としての経験を積んで,もっと素敵なサ責になってね!
サ責 ハイ,ありがとうございます!


まとめ

 今回は,新人サ責に対して必要なティーチングとコーチングについてお伝えしました。登録ヘルパーの時と同じように先輩サ責が指示ばかりしていると,新人サ責はいつまでたっても自分で考えようとしないことが懸念されます。ひょっとしたら自分の意見はあるけれど,先輩に遠慮したり,不安であったりして言えないこともあるでしょう。そうならないためにも,新人サ責が事務など基本的なことを覚えたら,少しずつケース運営など自分で考える必要のあることで質問のテクニックを使っていきましょう。
 介護労働安定センターのデータでも,介護職の入職3年目までの離職率は70%を超えています1)。先輩サ責が新人サ責にコーチングを使って「やる気」を持ってもらいながら人材育成ができれば,辞めた新人サ責の穴埋めに疲弊するというようなことがなくなり,質のよいサービス提供ができるのではないかと考えています。
 本連載は今回で終わりです。つたない文章にお付き合いいただきありがとうございました。少しでも現場でコーチングを役立てていただければ嬉しく思います。


参考文献
 1)介護労働安定センター:平成27年度介護労働実態調査,2016.
 2)間裕子:在宅ケアに活かすコーチング,P.70,日本看護協会出版会,2007.
 3)佐野愛子(株式会社Woomax):名古屋市社会福祉協議会 ミドルマネジャー研修資料,2014.
 4)WinWin育成協会:コーチングベーシックコーステキスト,2009.

 

出典:訪問介護サービスvol.14 no1 2016年11-12月号
※筆者の所属・役職は執筆当時のものです。
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